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煤宮――仇討ちの果て  作者: 玉部×字
仇へと

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二十三 鉄太


 鞘から伝わる臓腑の動きは止まり、足から伝わる身体は冷たくなっていた。


「終わった――のか」


 大きく張った額には皺が寄り、口は食いしばられてひん曲がり、苦虫を噛み潰したような又左またざの顔。目だけがぎょろりとこちらを睨みつけたまま――死んでいた。

 命の、魂までも抜けた又左の身体から横に退く。立って歩くことは出来ずに崩れ落ちて地にす。

 手を付き身体を起こそうとも、細かく震え力が入らない。膝を付いて足を持ち上げようとしても、竦んで足裏が地を噛まない。


「だ、大丈夫。まだ大丈夫だ」


 頭を振って、声を上げ、自らを鼓舞。手で足を叩き、身体を叱咤。ようやく立ち上がるも、視界はぼやけ、身体はふらつく。


「刀――刀は?」


 それでも最初に刀を求めた。呟き辺りを見渡す。

 目を擦ろうとてをやると、切れた目の下が主張する。


「つっ」


 濡れた手を振り払って、目を凝らして刀を探した。

 月の明かりを乱雑に跳ね返す木立の中へ「確かこちらに」と入っていく。

 茂る木々の下、暗い草むらを掻き分け探していると――ギギと耳に入った硬質な音に身体が跳ねた。


「うわっ、蝉か――あ」


 蝉の飛び立った方に目を向ける。ざわざわと揺れて誘うような木の葉の下に、刀が刺さっている。

 月光を避けるように木の根の間に付き立っていた。


「あった」


 引き寄せられるように、ふらつく足取りで刀へと向かった。

 未だ頭ははっきりしない。

 飛んで行った刀が立てた音と、今の刀の刺さり方に考えを巡る余裕もなく。また、一つ、いや一人残っていることも失念して――無防備に刀へと手を伸ばした。


「つっ、蜂もか――」


 残った左手に鋭い痛みが走る。

 瞬間、払いのけ、左を向くと、そこにはハの字の眉の人の顔――見覚えのある、何を思うか分からぬ顔があった。


「やった――言われた通りだ――やったよ鉄治! うらがうらがっ!」


 だが今は分かる。この顔は歓喜。ただし、顔は青白く、目は異様に赤い。歪めた口角は上がっているのか下がっているのか。とまれ歓喜のそれではない――狂った顔の小さき忍。


「鉄――つっ!」


 左手に熱を感じた。

 払いのけた鉄太てつたの手、両手で大事そうに持ったのは細い針――千本せんぼんと言う針状の武器が刺さっていた。


「うらが、うらが討った。仇を討っ――うぶっっ」


 狂喜乱舞する鉄太の顔に、新之丞しんのじょうは右手を振るった。

 一切の容赦なく振り抜けば、熟れた果実を潰したような感触と音が右の手から伝わった。


「この程度で――っ!!」


 頬を砕き、奥歯を折った一撃を食らわせた、それでも鉄太の表情は曇らない。勝ち得た成し得たとむしろ誇る。

 それが右拳を更に加速させた。

 顎を捉えた追撃の拳。クルミを割ったような小気味よい音。顎が外れたように口が開きっぱなしの、鉄太はそれでも怪しく笑う。

 さすれば新之丞は左の肘を肩口に突き立てた。鎖骨に刺さった肘からは竹を割ったような感触が伝わる。鉄太の右肩は落ちて上がらないというのに、勝者の余裕が見えた。

 となれば返しの右拳に力も籠る。顔に埋めるように殴りつけると、ぶちぶちと何かが千切れながら鼻が茄子のように潰れた。


「うひゃが、うひゃがっ!」


 息も吸うのも困難だろうに、声を上げて喜ぶ。更に手は懐に入れ、目の光はまだやると言っていた。


「よりによって――お主のような奴に」


 足を腹にめり込めせて押し出すように倒しても、表情は明るく。倒れながらも懐刀ふところがたなを取り出しまだ戦意は衰えない。

 まだ異様な笑みのまま、もはや目をまともに開くことも出来ないというのに新之丞にその不気味に充血した目を向ける。


「うぐぁぇ、なっんっ――みゃだぁっ?! みゃだぁだぁっ!」


 懐刀を持った手ごと踏みつける。腕はひしゃげて指は折れ、それでも痛みに叫び声を上げることはなく。


「討つ――討つ! うりゃ――う、う――」

「黙れ黙れ黙れっ! 討つのはっ! 仇を討つのは――俺だっ!!」


 新之丞は殴った。右拳を叩き付け、足で踏みつぶし、膝を埋めて、肘で討ち据え、両拳を金槌のように振るった。

 どれだけ血が吹き出ようが、骨が砕け散ろうが、温みが消え去っても、手は止まらない。手も、足も止められない。

 完全に息の根が止まっているのにも関わらず。既に人の形かも分からぬというのに。

ひしゃげた懐刀を取り上げ突き刺して、ようやく止まった。


「あああぁぁぁっ!」


 勝どきにほど遠い声。遠吠えにも似た咆哮。

 長く長く叫び続けた。


「――はぁはぁ――よりによって左手とは」


 傷は深く、だが小さい。幸い千本で刺されただけであるため、多少の熱感はあるものの問題なく手は動く。

 これならば支障はない――と左手を閉じ開きしていると、一つ疑問が浮かんだ。


「何故、千本? 何故――」


 千本はいわゆる暗器あんき――隠して身に付ける武器である。細く小さく、正確に急所を射抜いぬけなければ殺すことはあたわない。得物を晒していてもいい状況で、相手を殺すならばより大きな得物を使うべき。

 しかも鉄太は懐刀を持っていた。

 なら何故千本なのか。よしんば千本を使うなら急所を狙われなければならない。何故手だったのか。


「狙いは――そうか――これは――」


 左手の熱感が肯定した。

 今や、腕から肘、肘から肩へと広がり続ける痛みのある熱。

 わざわざ殺傷能力の低い得物、暗器を用意しているのだから、忍なのだからこれもあって当然の――


「毒か――?!」


 鈍い痛みは鋭くひりつく痛みとなる。

 手甲をまくってみれば赤い瓜のように晴れ上がった傷――鉄太の殺意がそこにあった。


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