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煤宮――仇討ちの果て  作者: 玉部×字
仇へと

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16/19

十六 腕


 週に一度の薬喰いを経て、二年で新之丞しんのじょうの身体は完成した。

 密度の高い獣の如き肉、特に腕は兄弟子にも勝る。


「聞いてんの――かっ?!」


 厳しい鍛錬と奪った命の積み重ねがいつしか、敵の攻撃を跳ね返す盾ともなる。

 それが食働くいばたらき。


「耳は? 口は? 頭まで亀になったか?」

「命を掛ける段に入っておらんからな」

「はっはぁ、確かにそう言ったのは俺か。まったく――どういつもこいつも! 取るに足らぬ腕の分際で勿体つけやがる。大人しくかてになりゃいいんだ――よっ!」


 小ばかにしたような口調から、一転未だかつてないほど身体を沈める。

 今までよりも動作の大きく、はっきり見える突撃体勢。


「おらおら!」


 目の前に現れる克士郎かつしろう

 いつものように受けようとすると――目の前に黒い流れ。


「なっ!」


 眼前から消え、しかし迫る風を斬る音。

 右を選んだのは、ただの勘だった。

 差し出した刀に、たまたま衝撃が走ってくれる。


「手加減――か」

「分かったか? ずっとだよ、今のでも加減してやってんだ。本気だったらお前の首は胴についてねえよ。腕の差は分かったか? いい加減に見せろよ奥義をよお!」


 実のところ、ずっと仕掛けようとはしていた。早さに慣れ攻撃も見切っていたのに、技に入れない。


 理由は手加減にあった。

 加減をしていた、余裕があった、限界でないから、隙もない。


「なるほど、確かに腕は上だな――だが」

「だがだぁ?!」


 手加減状態ですら、技で負けている。

 賭けが必要だった――それも幾つもの。


「――底は知れた」


 まずは口働き。

 余裕が、捕まえることが出来ない理由であればそれをなくす他無い。


「ふっ、ふふっ、そうか、そういう奥義か? 防御重視の流派であるようだし、そういうのもあるか――いいぜ、乗ってやるよ」


 克士郎は肩に担いだ刀を下ろして正眼に構えた。

 余裕の目つきは鋭く刺すようで、呼吸は深く大きく――冷気すら感じる。


――成功か


 先刻ですらまだ手加減。

 あれ以上。初めて見せた殺気を乗せたあれ以上の斬撃が来るのだから。


 背筋に走る冷たい物。

 そうでありながら頭の中は灼け付くよう。


「――来いっ」


 焦燥に賭けた。あの根がある限り真っ直ぐ来る。腕の差をもっとも実感させる方法で斬る。


――初撃だ。起こりを見逃したら終わり。


 じっと足元を見つめる。

 緑の草に埋もれる、赤い鼻緒の黒い下駄。

 足袋の白がやたらと目立つ。


 じりと克士郎の足が地面を滑る。


 草の擦れに耳を立て、土を噛む音を聞き分ける。

 唾を飲みこむ音も出せない。

 心の鼓動とて五月蠅いというのに。


 一瞬でも遅れれば首と胴が泣き別れる――その緊張感が辺りに伝播でんぱした。

 む風、静まる蝉、獣すら寝静まったように沈黙する山。

 息が詰まるような圧迫感。指の一本も動かせない緊張感。今か今かという焦燥感の中、ほんの一瞬視界が揺れた。


――来るっ


 場所は上段、後は左右中のどれかだけ。

 心に決めて居た右に刀を出し。


――ガキ


 と鈍い音とともにかみ合った重みは勝利の証。


「良くぞ受けた――がっ!」


 だが同時に一つ負けた。

 未だかつてない速度、未だかつてない力。新之丞の追い手は間に合わない。

 体勢を整えることも能わず、既に克士郎は中段斬り。


――ここまでか


 新之丞は逆らうことを辞めた。

 腕を上げ、右腹を差し出す覚悟を決めた。


「取ったっ!」


 胴を寸断する気迫の一撃が、着物を切り裂いて腹を捉え、めり込む刃が鳴らした音――鈍い金属音が山に木魂こだました。


 鍛えた身体、着込んだ帷子が勝った。

 すんでのところで、骨を斬られたにとどまっている。


「なにぃっ?!!」


 幾ら素早い克士郎も殺すための一撃を放てば隙が生まれる。

 重心はまだ前に残ったままの克士郎に対し、既に寝かせてある右手の刃。

 腰が周り、肩が入り、肘を前に運んで、刃が進むは、数多の獣を突き殺して覚えた骨の隙間。

 長羽織を突き破り、鳳凰の翼を捉え――たのはそこまで。


「ぬぅっ!」


 克士郎は前に出た。退いては避けられぬと、前に出て薄皮一枚を差し出し突きを躱して見せる。


「逃がすかっ」


 逃がすわけには行かない。次はないのだ。

 左手を懸命に伸ばす――も手に腕を掴めず、裾を掴めず。

 袖に――掛かったのは小指一本。


「このっ、離せっ!」


 痛む腹、小指は反対側に折れそうになる。

 克士郎も必死で払う、もがく、暴れる。

 だが所詮は細腕。


「ふんっ!」


 小指が軋もうとも、嫌な音がしようとも、気合い一閃。

 ついに喰らってきた肉の差で――克士郎を捉えた。


 刀で受けて、身体で捉えて、組打くみうちにて討つ。

 こうなれば幾ら磨いた技も関係ない。何も使えない。組んでしまえば槍も刀も意味をなさないのだから。

 引き寄せ、暴れる克士郎に足を掛けて引き倒せば――必勝の型。

 これが煤宮の屠り方である。


「帷子が奥義とでも――っ! くそがっ!」

「その通り」


 引き倒し、首に刃を当てる。が、それでもまだ諦めない。首に掛かった刃の下に自らの刀を滑り込ませる。しかも刃を立てて。


「ふざけるな! こんなもんで俺が。剣の腕なら俺が上だ! 上だろうが!」

「だろうな。だが剣で負けても勝つが煤宮の剣術」

「腕で負けて――それで剣術と言えるのか!」

「そうだ。煤宮で競うのは腕ではない。逃げてもよいのだ。生き残ればな」

「そ、そんなもんが剣術か! 剣術は人を殺すための――」

「その流れにない剣術なのでな」


 煤宮でした修行はそのどれもが、新之丞の考える剣術とはかけ離れていた。剣の腕を磨くものに合致しなかったのだから。

 克士郎が吠えるのは――理解出来た。


「とはいえ勝ちは勝ちだ。あと何人いる? 山中やまなかの他に何人残っている? 次第によっては生かしてやるが?」

「言うか、間抜け! 負けてない。俺は負けてない。お前のような腕で劣る相手に――だまし討ちで、騙し討ちでぇぇ!」

「戦場であれば帷子を着込んで当然。辻斬りなどという騙し討ちばかりしているから相手が準備していることを忘れるのだ」


 するとまた悔しがるように顔に皺を寄せ、唾を吐きながら雄叫おたけびを上げた。


「ぅおのれぇぇ!! 茂吉もきちぃぃぃっ! 助けろ! 俺は! 克士郎はここだぁっ!」

「憐れな。助けを請うか」

「どうせ聞こえてんだろうっ! 茂吉ぃぃっ! 助けろ!」

「助けを請う相手が違うとは思わぬのか?」

「黙れ! お前のような相手に誰が! 茂吉ぃぃっ! 早くしろ、とっとと来い!」

「間に合うわけなかろう」

「黙れぇっ! 負けてねぇ! 剣の腕じゃ負けてねぇんだ!」


 子供心に憧れた美しい剣技。

 軽やかに鮮やかに敵を打ち倒したい。

 それを体現したような克士郎の技の冴えは見事であった。


 だがそんな気持ちはもはや失せた。


「この状態で持ちこたえられると思っているのか。言えっ!!」

「この状態でトドめをさせると思ってのか! 阿呆がよぉっ!」


 もはや醜く、吠え散らかし、援護を求める。

 技に対する自尊心よりも生に対する執着心。武士そのもののような姿であれば、残るはただの辻斬りの汚名だけ。


 縦に刀を差し込み、受ける克士郎。

 その最後の生の執着を断たんと力を込めた。

 縦で刀を折るのは生半なまなかなことではない。


「おら来い茂吉! 早く来い! ハゲぇぇ!!」


 もっともそれは並みの男の場合はであるが。

 新之丞は短く「ふんっ」と気合いを入れた。


「な、なんで!」


 埋まり行く刀の峰。最初に嫌な音を立てたのは腕の骨。

 肘から地面に埋まっていくと、鈍い音を立てて砕けたのは二の腕の骨。


「――ぐぁっ! なんで、どうなってやがる。お前、どんなっなんでっ?!」


 もはや両腕は右手は用をなさず、それでも左手だけで刀を立てて見せる。

 だが更に埋まっていく刃に今度は胸が耐えきれない。

 一つ骨の折れた音が響けば、刀が埋まり。

 もう一つ骨の折れた音がすれば、より刀が埋まる。

 三つ目の骨が砕けた音が聞こえると、克士郎の首は自らの峰によって締まる。

 口からは血と苦悶と共に疑問が吐き出された。


「な、ん――でっ」


 新之丞の腕は帷子をぶち破らんばかりに膨らんだ。

 もはや苦しめまいと、その腕で刀を思い切り押し込む。

 地面まで通り抜けた刃、真っ赤に染まった怒りの顔は二転三転と転がって行く。


「――腕の差だ」


 答えをやると、克士郎の生白い首は頷くように地に伏した。


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