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封印勇者と追放令嬢の下剋上  作者: 岳丈丸
第1章:逆襲の剣姫
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008:戦乙女

 戦乙女(ヴァルキリー)のヒルデが動いた。

 真っ直ぐに、槍が突き出される。速い。だが、殺気は薄い。


 穂先を短刀で逸らした。すぐに二撃目が飛んでくる。

 今度は身体を捻ってかわす。やはり、殺気には乏しい。

 この女は、私の身体を見て、全力を出す必要がないと判断している。

 実際のところ、動くたびに傷が痛んで、反撃に出るどころではなかった。


 三撃目。足払い。後ろに跳んで避ける。

 着地した足が、泥に沈む。蔓が絡まる。最悪の足場だ。

 ヒルデの追撃。短刀で逸らし、すかさず蹴りを入れる。


 地面を蹴って避けられた。そのまま宙を返り、巨木の幹に着地した。

 幹を蹴って、加速してからの一撃は、私の左頬をかすめた。


 地形を利用している。それはそうだ。

 この密林は、彼女にとっての庭。地の利は、戦乙女(ヴァルキリー)にある。

 ヒルデは、息を切らしていない。やはり、こちらの実力を計っている。

 見下しているわけではない。

 戦士として、傷ついた相手に全力を出すことを良しとしていなかったのだ。


――これからが本番か。


 戦えることは示した。小手調べは、ここまでだろう。


 ヒルデが跳んだ。木の幹を蹴る。枝を掴み、別の幹に移る。

 身を振って方向を変え、落下の勢いを槍に乗せる。

 上、横、斜め。様々な方向から槍を突きだしてくる。


 木々を利用し、まるで飛んでいるかのように、あらゆる方向から攻めたてて来る。

 避けきれず、一つ、二つと傷が増えていった。

 平地では味わえない戦術。ヒルデは、この密林全体を足場にしている。

 地に縛られていない。こういう戦い方もあるのだ。


「考え事とは、余裕だな!」


 ヒルデの蹴り。避けきれず、両腕で防御するのが精いっぱいだった。

 木の幹に叩きつけられる。息が詰まる。視界が白く明滅した。


 倒れそうになったが、何とか踏ん張った。

 ヒルデに視線を戻す。目つきが変わっていた。

 観察者ではなく、戦士の目になっている。


――気づいたか。


 手加減されている内に、戦乙女(ヴァルキリー)の戦い方を見極めるつもりだった。

 跳躍の起点は、地面か木の幹。方向転換は、別の幹を蹴るか、枝を使うか。

 一番不可解なのは、空中での動きだ。

 身体をひねっただけで、どういうわけか軌道が変わる。

 

 ゼルヴァ族は、古くから魔術の伝統を持つ民だ。帝国の有する強力な魔法のスキルカードは、ゼルヴァ族のソウルツリーから産出されたものだと聞く。

 シエラ族にも、同じように固有の技能があるのかもしれない。

 しかも、速い。この速さにも、不自然さがある。

 脚力で劣っているとは思わないが、私が同じように跳んだとしても、あれほどの速度は出ない。


――狙う瞬間は一つしかない。


 着地。足が地面に触れた瞬間は、動きが止まる。

 僅かだが、そこが唯一の隙だ。


 ヒルデが跳んだ。木の幹を蹴り、さらに上空へ昇る。

 そこから、身体をひねって、軌道を変えながらの急降下。


 躱した。槍が地面に突き立った衝撃で、土煙が舞う。

 見失いかけたが、かろうじて視界に残った。

 それに気づいたのか、ヒルデは追撃せずに、後方に跳んだ。


 好機だ。空中に戻るため、ヒルデの足が地面に触れ、体重が乗りかかる。


――銀閃流(ぎんせんりゅう)霜華(そうか)


 全身のバネを使って、右足を踏み込む。

 鞘がないので調子は出ないが、この一撃にかけるしかない。


 短刀の切っ先が伸びる。

 喉元。勝ったと思ったが、私の首筋にも、冷たいものが触れていた。


――読まれていたのか。


 着地を狙った。いや、狙わされた。

 ヒルデの目が、見開かれている。

 私の短刀が、届くとは思っていなかったのだろう。


「……やるな」


 さっきまでとは違う。

 ヒルデの声には、戦士としての畏敬の念が含まれていた。


「止めよ」


 しわがれた声が、密林に響いた。

 ヒルデが、即座に槍を下ろした。私も倣う。


 木々の奥から、老齢の女が現れた。

 顔に深い皺が刻まれているが、目は鋭い。

 シエラ族の族長に違いない。


「我らの血が流れているな」


 族長は、私の瞳を見ていた。

 シエラ族の琥珀とは違う、紫の色。母方の祖父から受け継いだ、混血の証。


「……母の父が、シエラ族だと聞いている」


 族長の目が細くなった。瞳の奥で、何かが繋がったような表情だ。


 女だけの部族とはいえ、生まれる子供の性別を制御することはできない。

 男子が生まれた場合、北方のフィエル族に渡すか、密林の外に捨てていると聞く。

 シエラ族との境にある村では、そういった赤子を拾って育てることがあるのだ。


「お前の名は?」

「リンカ・シルベリア」


 族長が頷いた。踵を返し、歩き出す。

 ついて来い。族長の背中は、そう物語っていた。



  ***



 案内された建物の中で、食事が出された。果物と、干した肉と、根菜の煮物。

 竃の火は、火打石で起こされていた。懐かしい光景だ。シルベリアの農家でも、まだ使っているところがあった。

 シエラ族の集落は、巨木の根元や木の上に住居が並ぶ場所だったが、今はそれどころではなかった。

 見たことのない食材ばかりだったが、魔物の肉しか食べていなかった腹には、ご馳走だった。

 ランズローも満足そうだ。


 手当ても受けた。シエラ族特製だという薬草は効いた。

 治癒(ヒール)のスキルカードなど使わない。煎じた薬草を塗り込むだけだが、傷口に染み込むような温かさがあった。

 これも、ヒルデの空中機動と同じく、特殊技能なのかもしれない。

 食事を平らげて、治療も受けて、至れり尽くせりとは、このことだと思った。

 

 ひと段落するしたところで、族長がやってきて、私の前に座った。

 その横には、ヒルデが立っている。


「お前の母は、サクヤという名か」


 族長の問いに、私は頷いた。


「シルベリアの当主が、交易の契りを結びに来たことがある。妻の父がシエラの血を引く者だと、その時に聞いた」


 驚いた。交易の新規開拓のためとはいえ、わざわざ足を運んでいたとは知らなかった。


「シルベリアの伯爵令嬢が、なぜ、傷だらけで、この密林にいる」


 私は、端的に答えた。

 叔父に決闘で敗れたこと。相手が黒級のスキルを使ったこと。家督を奪われ、追放されたこと。

 話し終えると、族長はヒルデに視線を向けた。


「強い」


 ヒルデの声は、戦っていたときと同じように冷徹だった。


「誘ったとはいえ、着地を読まれた。その上で、想像を超える速さで迫られた」


 族長が目を閉じた。何かを思い出そうとしているようだ。


「黒級の炎か」


 炎といえば、ゼルヴァ族だ。

 帝国に征服されて久しいが、彼らの魔術を知っているのかもしれない。


「我らには、『翼の試練』がある。聖獣の前に立ち、魂を晒す儀式だ」


 翼。その一語が、頭の中で像を結ぶ。

 ヒルデの空中機動。木の幹を蹴り、空中で方向を変え、重力を味方につけて急降下する。あの動きだ。


「シエラの血を持つ者には、試練を受ける権利がある。だが、権利と資格は違う。資格があるかどうかは、聖獣が決める」

「受ける」


 私は即答した。

 族長の目が細くなった。驚きではない。「やはり」という確認の表情だ。


「よかろう。明朝、聖域へ案内する。今日は、ゆっくりと休むが良い」

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