007:密林
目が痛い。地下の暗闇に慣れた瞳孔が、悲鳴を上げている。
手で庇っても、指の隙間から滲み込んでくる。涙が溢れて、視界が歪む。
だが、気持ち良い。太陽の光が、身体に沁みる。
目が光に慣れてくると、足元に洞穴の入り口が見えた。
この先には、あの遺跡が広がっている。
ゆっくりと顔を上げる。見渡す限り、木、木、木だった。
いたるところで蔓が絡み合い、枝と枝の間に天蓋を作っている。
この植生に、この密度、シルベリアでは無い。
しかし、グランツフェルトの闘技場からは、そう離れていない場所のはず。
だとすれば、特定は難しくなかった。
「……シエラ族の密林か」
シルベリアよりも、さらに東。最東の密林地帯を支配している部族だ。
ゼルヴァやアルトラなど、帝国に征服された民族はいくつかあるが、シエラ族は独立を保っている。
戦乙女。そう呼ばれることもある。
なにせ、女だけの集落を作り、女戦士だけで密林を守っているのだ。
父ジェラルドの代になってから、交易を始めたが、閉鎖的な部族で、友好的とは言い難かった。
「……いい空気だ」
ランズローが、深呼吸している。
吸って、吐く。この単純な動作を、何度も繰り返している。
地下で吸い込んだ湿った空気を、すべて入れ替えるつもりのようだ。
私も、つられる。こんなに空気をうまいと感じたのは、生まれて初めてかもしれない。
「腹が減ったな」
ランズローが斧を担いだ。
「魔物の肉は飽きた」
同感だった。
まともな飯にありつきたい。できれば水も。
密林の中を進む。虫が纏わり付く。最初は払っていたが、すぐに諦めた。
鳥の声、虫の羽音、風が葉を揺する音。
そして、水が流れる音。どこかに小川がありそうだ。
魚の串焼きを想像し、口の中が湿ってきたところで、ランズローの足が止まった。
視線。一つだけではない。
木の陰。木の上。草むらの中。四方からからだ。
「師匠、囲まれている」
「……ああ」
木々の間から、人影が現れた。
長い手足。褐色の肌。革の胸当てと腰布だけで、露出の多い格好をしている。
姿を現していないが、他に五人いる。
木上は弓、地上は槍。武器を構えたまま、待機している気配だ。
――戦乙女か。
噂には聞いていたが、初めて見る。
姿を現した女は、隊長だろう。
私より頭一つ分は、背が高い。腕や腹には、筋肉が浮き出ている。
藍がかった黒い短髪。彫りの深い顔に、暗い金色の目。
その瞳の奥には、観察の色があると思った。
話せる。シルベリアとシエラ族は、交易相手なのだから。
「私は、リンカ・シルベリアだ」
叫んだ。密林に声が吸い込まれる。
隊長が口を開く。帝国共通語。訛りはあるが発音は良く、明瞭に聞き取れる。
「シルベリアの名を騙るか」
冷たい声だった。確認ではない。既に結論を出した者の声だ。
まずったか。というか、傷だらけで、こんな場所にいる女が、伯爵令嬢と考える方がおかしい。
「いや、待て。これには、深い訳が――」
「問答無用」
隊長と思しき女が、槍を構える。
シルベリアのことは知っている。だが、信じていない。
「騙る」ということは、そういう類の事件があったのかもしれない。
ランズローは、我関せずと、木に背中を預けている。
木上の弓兵が、その巨躯に矢を向けたが、弦を引く指が震えている。
隊長の目も、ランズローに向いた。
その頬を大粒の汗が流れ落ちている。
師匠の実力を計った。そして、「強い」と認識した。
だが、戦意がないと見たのか、すぐに私の方に向き直った。
助かる。師匠が戦ったら、鎧袖一触で、外交問題になってしまう。
シエラ族との交易は、父の肝煎り政策だった。
こんなところで揉めて、終わりにはしたくない。
とはいえ、状況は最悪だ。
こちらは短刀一本で、身体は傷だらけで満身創痍。
おまけに、五人の戦乙女が控えている。
「手を出すな」
隊長の女が命じた。
訝ったが、その目を見て、すぐに分かった。
戦士だからだ。手負いの女一人。よってたかって倒すようでは、戦士の恥。
試されているのかもしれない。
一応は、交易相手だ。私の噂くらいは、知っているはず。
剣ばかり振り回している、変わった令嬢がいると。
――本物なら、戦いで証明してみせろということか。
短刀を握り直す。
戦乙女の隊長も、槍を構え直した。
見た限り、霊装具は装備していない。
スキルカード無しの真っ向勝負になる。
「ヒルデだ」
名乗った。戦士としての礼儀。
まさか、師匠たちとの模擬戦以外で、こんな誇り高い戦いができるとは思っていなかった。
私の頬には、小さな笑みが浮かんでいた。




