005:師弟
熾火が、赤く脈打っている。
広間の影が濃くなり、壁面の光が、焚き火に代わって、私たちの輪郭を浮かび上がらせていた。
私は、体の痛みを堪えて、ランズローの前に正座した。
膝が床の石畳に当たる。火傷の皮膚が突っ張る。だが、背筋は伸ばした。
「頼みがある」
ランズローが、ボンヤリとこちらを見た。
鉄灰色の瞳が、徐々に焦点を結んでいく。
「あぁ?」
ランズローは、怪訝そうな反応を見せた。
聞こえなかったのではなく、ボンヤリしていただけだろう。
「私に、あなたの力を教えてくれ」
真っ直ぐに言った。
巨大熊を両断した一振り。武の極致。あれを学びたい。
――そんな状況でないのは、わかっているが。
ラドリックから領地を取り戻す。父と母のためにも、私が成さねばならないことだ。
しかし、この男とは、ここで約束をしないと、二度と会えない気がする。
目は逸らさなかった。
ランズローが私を見ている。焦点が合ったり、合わなかったりしている。
その間、何度も熾火が爆ぜて、火の粉が天井に昇っては消えていった。
「……ああ」
頷いた。いや、何に同意したのか、たぶん理解していない。
自分の名前すら、「たぶん」と言った男だ。
「力を教えてくれ」の意味を理解していないのかもしれない。
だが、頷いた。私にとっては、それで十分だ。
騙したようで、少し気は引けたが……。
「では、よろしく頼む。師匠」
全身の力が抜ける。眠い。休みたい。
私は、そのまま地面に横になった。石畳の冷たさが頬に染みる。
今度こそ、私は深い眠りへと落ちていった。
***
どれだけ、眠っていたのだろうか。
目を覚ました時、焚き火には新しい薪が足されていて、再び燃え盛っていた。
薪の組み方が変わっていた。
寝る前に見た乱雑な積み方ではなく、太い薪が下に、細い枝が上に、空気の通り道を作るように整えられている。
おかげで、炎は安定して燃えている。煙も少ない。
ランズローは、焚き火の前に座っていた。
斧の刃に布を当てて、手入れをしている。丁寧に、ゆっくりと、愛でるように。
古い斧だ。刃の端には、何か文字のようなものが刻まれている。
百年もの年月を感じさせるのに、刃は鈍っていない。
その事実に、微かな違和感を覚えた。
「師匠」
ランズローの手が止まった。
少し驚いた様子で、ゆっくりと、こちらに目を向けた。
「……師匠? 俺が?」
「そうだ?」
「いつ、そんなことに……」
「さっき頷いた」
「……いや、あれはだな」
「頷いた」
ランズローが、口を開きかけて、何も言わずに閉じた。
頷いた記憶はあるのだろう。言い訳しないところに、この男の人間性が垣間見えた。
「……まあいい」
諦めの溜息。斧の手入れに戻った。師弟成立だ。
その後、私は事情を話した。
長々とは語らない。決闘に負けて、叔父に領地を奪われた。
同情を求めているわけではない。師匠に、弟子の現状を伝えているだけだ。
ランズローは、斧の手入れをしながら、黙って聞いていた。
「そうか」
聞き終えてから、一言。それだけだった。
関心がないのか。ボンヤリして、聞いていなかったのか。よく分からない。
「師匠は、なぜ石棺の中に?」
ランズローの手が止まる。
斧の刃を見つめ、何かを思い出そうとしている。
「……よく覚えていない」
目が遠くなった。
鉄灰色の瞳が、焚き火の炎を映したまま動かない。
「誰かに、閉じ込められた」
やっとという感じで、絞り出された言葉。
ほんの僅かだが、ボンヤリとした表情の中に、苦渋の色が見えたような気がした。
「……まあ、そのうち思い出すだろう」
表情を変えずに、ランズローは言った。
本当に思い出せていないのだろう。
しかし、「誰かに閉じ込められた」という言葉は、曖昧ではなかった。
私は立ち上がった。
まだまだ身体は重いが、かなり増しになってきた。
「取り戻す」
口にしていた。ランズローが顔を上げる。
「ああ?」
「すべて取り戻す」
ランズローに向かって言ったのではない。自分に言い聞かせている。
少し間を置いて、ランズローが応えた。
「……そうか」
私は、広間を歩き回った。どこかに出口があるはずだ。
ランズローも、斧を担いで立ち上がる。
「あったぞ」
ランズローが指をさす。石棺の下。そこに階段があった。
灯台下暗し。出口に繋がっているかは分からないが、他に当てもない。
ランズローが、さっさと階段を下りていく。
大きな背中。のんびりした足音。大きな斧を担いで、ボンヤリと前を見ている。
途中で、階段が登りに変わった。
私は逸る気持ちを抑えて、ランズローの背中を追いかけていった。
本日の投稿は以上です。
明日は、7:00と18:00に更新します。




