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封印勇者と追放令嬢の下剋上  作者: 岳丈丸
第1章:逆襲の剣姫
19/20

019:轟炎葬

 闘技場の四方に、炎の柱が屹立した。

 地上の全てを焼き尽くす、炎の壁。

 あの時と同じだ。闘技場の地面が、炎に呑まれていく。


「おいおい、またかよ!」

「バニエルって奴は、頭がおかしいんじゃないのか……」


 観客席から、罵声と悲鳴が聞こえてきた。

 審判も大声で叫んでいる。

 だが、【轟炎葬】(ボルケノン)の爆音が、全てを掻き消していた。


 炎の壁が、巨大な渦となって、地表を焼き尽くしていく。

 煙の臭い。徐々に炎が小さくなっていく。闘技場のざわめきも聞こえ始める。


 バニエルは、血走った目で、一点を凝視していた。

 炎が治まり、煙も引いて、【轟炎葬】(ボルケノン)の中心が露わになる。


 何もなかった。

 バニエルが、怪訝そうな表情を浮かべている。

 まったく気づいていないようだ。


「そ、空だ!」

「飛んでいるぞ」


 観客たちの方が、先に気付いた。

 私は、闘技場の上空にいた。

 【轟炎葬】(ボルケノン)は、地上を焼き尽くす。

 だが、空には届かない。


 肩当てが、淡い光を放っている。

 シエラ族の聖獣がくれた羽毛から作られた、特別な防具だ。

 スキルカードや霊装具(ジェムギアーズ)とは異なる、民族固有の技。

 民技(みんぎ)。かつては、そう呼ばれていて、「どの民族にもあった」と、シエラ族の長老が言っていた。


「……え? 飛んで……」


 バニエルの顔が、キョトンとしている。状況を理解できていないらしい。


――現実を受け入れられないのか。


 翼を畳み、身体を地上の方に傾ける。

 居合の構えを取る。地面を蹴れない分、落下の勢いを利用する。

 ヒルデとの訓練で、何とか形にすることはできた。


 急降下。落下が加速に変わる。風が耳を削る。

 バニエルの顔が、一瞬で大きくなった。

 鋼の剣を横薙ぎに振るう。

 バニエルは、咄嗟にイグニスで受けようとした。


 手応え。赤い刀身が真っ二つになった。

 鋼の剣が、バニエルの身体に到達する。


 胸甲の【衝撃吸収】(ダメージ・カット)【鉄壁】(プロテクション)が発動していた。

 断魄(だんぱく)は、使わない。

 スキルカードに護られたバニエルの身体に、鋼の剣を叩きつけた。


 バニエルの身体が、地面の上を跳ねる。

 土煙を立てながら、闘技場の端まで転がっていった。

 真っ二つになったイグニスと、篭手と思しき霊装具(ジェムギアーズ)の残骸が散らばる。

 赤い刀身の欠片。それらの地面に落ちる音が、はっきりと耳に響いた。


 着地した。膝に負担がかからないように、ゆっくりと。

 それでも、砂埃が舞い上がる

 ヒルデとの訓練では、着地に時間を費やした。

 「飛行よりも、着地の方が難しいし危ない」と、ヒルデには再三の注意を受けた。


 バニエルは、動かない。

 鋼の剣が直撃した右腕は、折れ曲がり、胸甲にも大きな陥没ができている。

 断魄(だんぱく)を使っていれば、胴体を両断していただろう。


 一瞬の静寂の後、観客席からの歓声が爆発した。

 審判が進み出る。


「代理決闘者バニエルによる、黒級スキルカードの使用を確認した」


 歓声が少しずつ下火になる。

 それを待ってから、審判が声を張り上げた。


【轟炎葬】(ボルケノン)の使用は、明白な決闘法違反である。よって、即時失格とし――」


 審判が大きく息を吸った。


「リンカ・シルベリアの勝利とする」


 再び闘技場を歓声が埋め尽くした。

 私は息を吐いた。肺の奥が、まだ熱い。


 バニエルは、気を失っているようだった。

 勝負がついたので、闘技場の救護班が足早に近づいている。


「お、おかしいぞ! そうだ、あの飛行スキルは、黒級だ。反則だ! 勇者組合に異議を申し立てるぞ!」


 貴賓席のラドリックが、喚きたてていた。

 蒼白な顔。声が裏返っている。

 周囲の貴族たちに同意を求めているが、誰もラドリックの方を見ていなかった。

 ある者は隣と目を合わせ、ある者は居心地悪そうに腕を組み直している。


「審判の買収まで明るみに出ているのに、まだ言うか」

「あれが、ジェラルド殿の弟か。品性まで買えるわけではなかったようだな」


 ラドリックの手が、貴賓席の手摺りを掴んでいた。

 腕を組んで薄く笑っていた男は、もうどこにもいない。


――あの叔父上が、立っていられないほど、みっともなく喚いている。


 三日前、倒れた私を見下ろしていた穏やかな声は、甲高い叫びに変わっていた。

 「哀れだな」と言ったあの口が、今は哀れみを乞うている。


 しかし、胸に湧いたのは、怒りでも快感でもなかった。

 叔父上のことは、どうでも良かった。


――父上、母上。取り戻しました。


 鋼の剣を鞘にしまい、私は闘技場を後にした。



  ***



 肩の筋肉が張っていた。腕の火傷は軽いが、少しだけひりついている。

 闘技場の外に出ると、四人が待っていた。


 ガントは、入口の正面に立っている。

 大剣を地面に突き立て、両手を柄頭に重ねたまま、微動だにしない。

 闘技場の石壁より、こっちの方が頑丈に見える。

 私と目が合うと、大剣を引き抜き、背に収めた。そして、深く頷いた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」


 ベルタが、優雅にお辞儀をした。お客にしか見せたことのない慇懃さ。

 表情に変わりはないが、褒めてくれているようだ。


「傷を見せなさい」


 フォーラが、私の腕を取って、火傷の跡を確認する。

 いつもと違って、酒の匂いがしなかった。


「軽症ね。火傷に効く軟膏を塗れば、数日で治るわ」


 指先が、火傷の縁をなぞった。冷たい軟膏が沁みる。

 フォーラの笑み。これなら無事に、魔物ではない肉にありつけそうだ。


「食うか」


 ランズローが、串焼きの肉を差し出した。

 露店で売っていたのだろうか。すでに何本も平らげた様子だ。

 受け取った。脂が滲む。旨い。

 当然だが、あの魔物肉とは、比べるべくもない。


「勝った」

「そうか」


 いつものやりとりだが、声の奥に、ほんの僅かに、感情が含まれていたと思う。


 闘技場の外に出ると、グランツフェルトの街並みが目に入った。

 朝と同じように、五人で歩いた。

 ガントが前、ベルタが左、フォーラが右、最後尾はランズローだ。


――これからが大変だ。


 聖女の巡礼祭をはじめとした、ラドリックの浪費。臨時徴収への対応。

 問題は、山積みだ。でも、何とかなると思った。


 南方の雲が厚い。夕焼け色を遮って、鉛色の雲が垂れ込めている。

 その雲海を見て、ランズローが、ポツリと何かを言ったような気がした。

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