018:断魄
爆煙を突き破った。
泥で汚れた脚甲。焦げた紫紺の戦衣。
胸の奥で、心臓が早鐘を打っている。肺が熱い。脚の筋肉が張っている。
だが、肉体への損傷は、ほとんど無い。
地を這うように、最短距離で間合いを詰める。
バニエルの顔が見えた。弛緩した頬。油断しきっている。
本人は反応できていない。だが、スキルカードが対応し、光の膜が展開した。
【自動障壁】。前回は、二十回も叩き割り、使用回数切れで突破した。
――今回は、一撃で決める。
膜の構造が見えた。炎の揺らぎとは違い、直線的な力の流れ。
障壁を割るのではなく、断ち切る。そのまま篭手も破壊する。
――剛亀流・断魄
膜が裂ける。光が歪み、ほどけていく。
斬ったから弾かれない。鋼の刃が、そのまま膜を貫通し、篭手に届く。
左手の霊装具が砕ける。
稀精石の破片が飛び散り、銀の燐光が消えた。
光の膜は再生しない。【衝撃吸収Ⅱ】が発動し、完全に破壊することはできなかったが、機能は停止した。
篭手を破壊された衝撃で、バニエルが回転しながら、後方に吹き飛んでいる。
普通なら、肩関節も壊れそうなものだが、【衝撃吸収Ⅱ】のおかげで、コマのように回るだけで済んでいた。
「ば、障壁を、斬った……だと……」
バニエルの声が震えていた。
篭手があった左腕には、金属の破片が腕に食い込み、血が滴っている。
すかさず追撃に入ろうとしたが、【高速移動】が発動し、右後方に加速していた。
「そもそも、なんで、お前は元気なんだよ!」
バニエルは、再び引き撃ちの姿勢に入った。
【火炎弾】と【泥沼弾】を乱射している。
照準が荒い。【泥沼弾】は、あらぬ方向へ飛んで行った。
炎の弾丸が迫る。三つ。曲がって来る。
一つ、抜きざまに、横薙ぎ。
二つ、返す刀で、袈裟斬り。
三つ、上段に構え直し、真向に斬り裂いた。
バニエルの目が見開かれる。
「ど、どういうことだ? 炎を……斬ったのか?」
声が震えていた。信じられないといった様子だ。
それでも、【火炎弾】を撃っているが、霊孔の光点が一つ消えている。
スキルカードの使用回数が枯渇したようだ。
――それしかできないのか。
炎を斬りながら、バニエルに向かって、直線的に走った。
着実に距離が縮まっていく。
炎に混じって、土色の塊が飛んでいる。【泥沼弾】。
さっきと同じ手だ。足場を潰して、動きを止めに来た。
――剛亀流・断魄
足場狙いなら、着弾する前に斬ればいい。
下方から拾うように、土色の弾を切り裂いた。
【泥沼弾】が、空中で割れて四散する。
【火炎弾】よりも弾速が遅く、捉えるのは難しくなかった。
「こ、こんなことは、知らない、聞いてないぞ! 反則じゃないのか? 未知のスキルカードを使っているんだろう!」
バニエルが、審判の方を見ながら言った。
審判は、首を横に振っている。
当然だ。鋼の剣は、霊装具ではない。
「くそっ、いくら積んだんだよ!」
バニエルの脚甲が光った。【高速移動Ⅱ】だ。
ならば、やるべきことは決まっている。
私は、バニエルの右後方に跳んだ。
それより僅かに遅れて、バニエルも右後方に加速する。
「な、なにぃ!」
先回りされる形になったバニエルは、驚きの声を上げた。
癖なのか何なのか。いつも一歩目は右後方だった。
断魄で、右手の篭手を狙う。
【自動障壁】が発動したが、難なく斬れた。
篭手が砕ける。その衝撃で、炎剣イグニスが右手から離れた。
バニエルは、またしてもコマのように回転しながら、後方へと吹き飛んだ。
今度も、【衝撃吸収Ⅱ】が発動している。
残す防具は、胸甲と脚甲。胸甲を破壊すれば、丸裸同然になるはずだ。
少し遅れて、バニエルの【残像Ⅱ】が発動したが、鋼の剣で振り払った。
観客席から、歓声が沸き起こった。
大勢は決した。多くの人は、そう思っているようだ。
「序列九十三位が、両手の篭手を割られているぞ」
「やっぱり、コネだったんだな」
嘲笑。前回の決闘で、私が障壁を割った時、観客席の貴族たちは驚き、興奮していた。
意外な展開を楽しむ愉悦だった。
今回は違う。この空気は、弱者を嬲る残酷さだ。
バニエルが、イグニスを拾い上げた。
自慢の金髪は散り散りに乱れ、両腕は血に濡れて、地面に這いつくばっている。
手が、震えていた。イグニスの柄を掴む指に、力が入っていない。
光の消えた目。その奥には、暗い怨讐が蠢いている。
「……殺してやる」
くぐもった低い声だった。
バニエルの右手が、懐に伸びる。
今なら、止められる。
前回は、たいした考えもなく見逃してしまった。
【轟炎葬】の装填を許し、母の形見ごと、身体を焼かれた。
必勝を期すなら、止めるべきだ。
だが、身体が動かない。止めたくない自分がいる。
戦士の欲だ。あの炎を超えなければ、本当の勝利にはならない。
イグニスの空いた霊孔に、黒い光を帯びたスキルカードが吸い込まれた。
審判が立ち上がった。
「待て、それは――」
止められない。
空気が燃える。禍々しい熱が放出される。
「【轟炎葬】!」
バニエルが、空に向かって吠えた。




