017:再戦
剣帯を締めた。
この十日間、地面を踏み砕くほどに振り続けた。
背中には、ガントの剣。霊装具は篭手と脚甲。
そして、シエラ族の肩当て。
剣の重みが、身体に馴染んでいる。
装備の重量は増えたが、以前と同じ速度は出せる。
むしろ、重みが増した分、威力は上がっているはずだ。
闘技場に向かって、五人で歩く。
ガントが前。ベルタが左。フォーラが右。最後尾はランズローだ。
「エンリコ先生も来ているみたいよ」
フォーラが言った。
あの人のおかげで、この再戦がある。
闘技場が見えてきた。入口の前に、人だかりができている。
この前とは違って、平民の姿も多く見受けられた。
「前回は、招待枠の貴族ばかりでしたが、今回は一般客が多くなっているはずです」
あの時は、ラドリックが手を回していたのだろう。
「勝ったら、お祝いしなくちゃね」
フォーラが、朝から酒瓶を揺らしながら言った。
「特別な料理を用意してあげるわ」
「……魔物肉は、やめてくれ」
「心外ね。お祝いごとで実験はしないわよ」
ガントが咳をした。「嘘をつくな」という主張だと思う。
後ろで、ランズローが欠伸をした。
いつもの空気感。心が落ち着き、身体が軽くなる。
「いってくる」
入場口に向かって、歩き出す。
四人の視線が、私の背中を押してくれていた。
***
反対側の入場口から、バニエルが歩いてくる。
まず目についたのは、炎剣イグニス。前回と同様、赤い刀身が妖しい光を放っている。
篭手・胸甲・脚甲も変わらず、マギテクスの量産品に見える。
ただし、装填されているスキルカードは変わっているに違いない。
――マギテクスの対策がどういうものか、見ものだな。
ひと通り、装備を観察した後、バニエル本体へと目を向ける。
余裕の笑み。だが、前回とは違って、戯れのような気取った雰囲気は感じられない。
「今度こそは、すぐに終わらせてやる」
余裕というより、自信というべきか。
マギテクスを通じて、私が対策装備を買わなかったことは知っているはず。
つまり、装備の質、金が勝敗を決める。その考えに変わりはないということだ。
審判が、中央に進み出た。
「本決闘に際し、金級以上のスキルカードの使用は禁ずる。違反した場合、即時失格とする」
バニエルが、僅かに視線をそらした。
――うしろめたさは感じているのか。
審判が、わざわざ宣言したのは、前回の経緯を考慮してのことだろう。
二度も不正を許しては、勇者組合の沽券にかかわる。
今回は、まともな審判を寄越したということだ。
審判の手が上がった。
観客の声が消え、闘技場が静まり返る。
――この日を待っていた。
鍛錬の成果を見せる。
いや、勝利のためには、それ以上の力を出す必要がある。
「はじめっ!」
審判官の手が振り下ろされた。
地を蹴る。大事なのは距離をつめること、つまり引かない心だ。
――銀閃流・霜華
バニエルを捉えたはずの剣が、空を切った。
輪郭が揺れている。【残像Ⅱ】だ。
見た目では、本物と区別できなかった。
――前回よりも、等級が上がっているな。
本体のバニエルは、かなり右後方に下がっていた。
予想通り、引き撃ちの構えを見せている。
「一方的に撃たれ続ける、怖さを教えてやるぞ!」
イグニスが光った。
剣の先端から、火の塊が射出される。【火炎弾】。
一つ、二つ、三つ、次々と撃ってきた。
すぐに射線から外れたが、空中で軌道が変わる。弧を描いて追って来た。
【追尾】だ。一定時間、対象を追尾するスキルカード。
――面倒だが、ただ追って来るだけなら。
跳躍。そのまま慣性にまかせて着地する。
【火炎弾】も同じ軌道を取ったが、地面に激突して爆発した。
熱風が頬を撫でる。砂埃が視界を覆った。
その向こうで、バニエルは、さらに距離を取っている。
――前回の反省を活かしているな。
走って、距離を詰めようとする。【火炎弾】。【追尾Ⅱ】。避ける。距離を取られる。
この繰り返しが続いた。
埒が明かないのは、お互い様だが、バニエルは【高速移動Ⅱ】のスキルカードで移動している。体力を消耗しない。
一方で、私は自らの足で、筋力を使って走っている。体力を消耗していく。
スキルカードには、使用回数がある。持久戦に徹して、枯渇を待つ手もある。
だが、脚甲に装填されているスキルカードは、防御を捨てて、移動と回避で固めているのではないか。
私への対策装備であれば、そう考えるべきだろう。
だとすれば、持久戦は悪手。それに、私の性にも合わない。
――試してみるか。
走りながら、背中からガントの剣を抜いた。
跳躍をやめる。バニエルに向かって、直線的な動きに切り替える。
瞬く間に、【火炎弾】が肉薄してきた。
――剛亀流・瀬返
鉄の刃で、【火炎弾】を受ける。
炎を受け止める。重い。肩の関節が軋む。
反動で弾き飛ばされたが、炎の塊は、明後日の方向へと逸れて、爆発した。
その間に、バニエルとの距離は開いてしまった。
——だが、見えた。
間近で、【火炎弾】を見た甲斐があった。
炎の揺らぎの中に、薄っすらと浮かび上がっていた
力の流れ。切れ目。私の感覚では、繊維という言葉が思い浮かんだ。
これで行けると思った瞬間、足元が重くなった。
靴底が沈む。地面が泥に変わっている。
着弾の瞬間を見ていなかった。【火炎弾】に気を取られている間に、足元を撃たれていた。
バニエルが、してやったりの笑みをしている。
「【泥沼弾】だ!」
「珍しいスキルカードを使ってきたな」
観客席の声で、スキルカードの名前を知った。
知らないカードだ。だが、効果は身をもって理解した。
――これが、マギテクスの本命か。
踏み込もうとしたが、足の裏が地面を掴めない。
泥濘に、膝まで沈んでいる。
引き抜こうとしたが、すでに【火炎弾】が迫っていた。
一発目は、身体を捩って躱したが、そこまでだった。
二発目、三発目と、【火炎弾】が次々に殺到する。
爆発が連なる。熱気で泥沼が乾いていく。濛々とした爆煙が、闘技場の空を覆った。
「やったぞ!」
バニエルの歓喜の声が、遠くから聞こえた。
イグニスの切っ先が、さらに光を帯びる。
五発の【火炎弾】が、バニエルの周囲に浮かんだ。
「こいつで、とどめだ!」
全弾発射。四つの炎が、真っすぐ、泥沼のあった場所に着弾して爆発した。
闘技場を静寂が支配する。
バニエルの肩から力が抜けた。呼吸が落ち着き、口元が緩んでいく。
イグニスの切っ先を下ろし、汗を拭った。
「やったのか?」
「装備が違いすぎたな」
観客席から、嘆息と諦めの混じった声が聞こえてきた。
バニエルが、審判の方を向いた。宣告を待つ顔だ。
勝ったと、その目が言っていた。




