016:切れ目
「再決闘の審査が通ったわよ」
フォーラの声だった。その手には、一通の書簡がある。
「十日後。場所は前と同じ、グランツフェルトの闘技場ね」
ヒラヒラと書簡を揺らしているフォーラの横で、ガントが腕を組んだ。
面頬の奥から、低い声が絞り出される。
「お嬢、間に合いそうか?」
「十分だ」
私は即座に答えた。
あと十日あれば、鋼の剣を身体に馴染ませられる。
「ならば、これも使ってくれ」
ガントが一本の剣を差し出した。やや短めの鉄の剣だ。
「衛兵の弟子たちが使っている剣だ。切れ味は無いが、逸撃には、おあつらえ向きだ」
ガントの意図は、すぐに分かった。
――防御用の剣を持てということか。
ダリウス特製の剣を、防御に使って摩耗させるのは、もったいない。
二本差しは重いが、これも鍛錬で克服すべき課題だ。
「……うん、ありがとう」
あらためて、装備を確認する。
武器は二本。鋼の剣と、ガントから貰った鉄の剣。
防具は、第二世代の霊装具の篭手と脚甲。
スキルカードは、両方とも【残像Ⅰ】と【衝撃吸収Ⅰ】だ。
それに、シエラ族から貰った肩当ての防具。
聖獣の試練で獲得した、羽毛から作られた特製の装具だ。
「バニエルは、引き撃ちに徹するでしょう」
ベルタが言った。その通りだろう。
前回は、初めこそ、止まったまま撃っていたが、途中から引き撃ちに変えていた。
今度は、最初から引く。
距離を取って、【火炎弾】などの遠距離攻撃で削りに来る。
接近させない。徹底するはずだ。
マギテクスの対策装備も、そのための構成になっているに違いない。
「今度は、【追尾】も付けて来ます。そうなれば、容易には回避できません」
「避けなければ、どうということはないスキルカードだが」
「ガント、普通は避けるのよ。あなたのように、足は遅いけど、信じられないくらい堅い方が珍しいの」
フォーラが突っ込みを入れた。
【火炎弾】が追尾してくるとなれば、この前のように、「動いているだけで当たらない」ということにはならない。
回避に足を使わせられると、近づくのも難しい。それに体力の消耗も激しくなる。
――ジリ貧になるな。
引き撃ちされることを前提として、立ち回りを考えなければならない。
まだ時間はある。まずは、自分にできることから始めよう。
私は二本の剣を持って、裏庭へと向かった。
***
素振り。ほとんど筋力は残っていない状態でも、気合で振り続ける。
今は型よりも、この重さを身体に染み込ませ、見合った筋力をつける必要があった。
背中には、ガントから貰った鉄の剣を差している。
この重さにも、まだ慣れていない。身体の均衡が崩れている。
このままでは、霜華の質は、格段に落ちてしまう。
限界を超えて、鋼の剣が、掌から滑り落ちた。
地面に身体を投げ出す。仰向けになって、空を眺める。
夕暮れ。近所の家からは、炊煙が上がっている。
腹が減った。フォーラの飯が食べたい。
「追い込んでいるな」
ガントの低い声がした。地面が揺れている。
「もう、皿を持ち上げる力さえ残っていない」
「そうか。匙が持てるなら、もうひと追い込みできるのではないか?」
「……確かに、匙なら持てるかもしれない」
なら、もう十回と思ったが、肘に力が入らず、身体を持ち上げられなかった。
これでは、匙さえ持てそうにない。
「限界のようだな。ならば、そのままで聴いて欲しいのだが……」
ガントにしては珍しく、少しもったいぶった様子で話し始めた。
「お嬢と俺では、戦い方が全く違うが、逸撃が有効な防御方法であることに変わりはない」
「うん、私でも避けきれないことはあるからな」
ガントは遅くて堅い。私は速くて軽い。まるっきり正反対と言って良い。
「さっきはフォーラに笑われたが、あえて避けないのも手だと思うのだ」
「……すべて逸撃すると?」
「いや、【火炎弾】などの魔法攻撃を受け流したところで、身体の影響は避けられない」
「では、どうするんだ?」
「……斬るのだ」
ガントが唸るように言った。
「剛亀流に、そんな技があるのか?」
「ない。俺にはできない」
それでも提案してくるということは、魔法も斬れるという根拠があるのか。
私の目を見て察したのか、ガントが続ける。
「ソーゼン老師は斬れるだろう。それに、あのランズローも」
「……何故、そう思う?」
少しだけ思案してから、ガントが答えた。
「力の流れ……いや、継ぎ目と言うべきか。見えない俺では、うまく言葉にできないが、万物には必ず切れ目のようなものがあるのではないか」
力の流れ。坑道で、ランズローの口からも出た言葉だ。
坑道で、ランズローが巨大熊を斬った時のことを思い出す。
短刀で解体していた時も、そうだった。
「そこに刃を通せば、何でも斬れる。老師やランズローには、それが見えているような気がする」
ランズローの刃は、まるで何の抵抗力も受けていないかのように、滑らかに入っていく。
恵まれた体躯から繰り出される斬撃は、力任せに見えるが、いたって自然で無駄がなかった。
「俺に言えるのだ、ここまでだ」
そういって、ガントは裏庭を後にした。
足音が遠ざかっていく。地面の揺れも、小さくなっていった。
――魔法を斬る、か。
斬ることができれば、回避行動を取らず、まっすぐバニエルに突進できる。
引き撃ちを捉えるには、最適な手段だ。
あと十日。長いと思っていた日数が、急に短く感じられた。




