015:死の商人
まず目に入ったのは、不自然な笑顔だった。
目尻が下がり、口角が上がり、頬の筋肉が均等に動いている。
――何故、笑顔なんだ。
初対面で、お互いのことを何も知らないのに、この笑みは何なんだ。
不可解としか言いようがない。
その上、仕立ての良い詰め襟の外套に、土埃のついていない靴。
汚れを寄せ付けないカードでも仕込んであるのだろう。踵が微かに光っている。
樹木の匂いが漂う長閑な村には、およそ似つかわしくない身なりだ。
そんな男の前で、ガントが腕を組んで立っていた。
威圧を感じているはずだが、男の笑顔は動かない。
いや、やはり平常心では無さそうだ。鞄の取っ手を握る指が、白くなっている。
私が近づくと、男が一礼した。
そして、不自然な笑顔が、急に神妙な面持ちに変化した。
「シルベリア伯爵家のリンカ様で、いらっしゃいますね。この度は、ご不幸がございまして——」
不幸。何の話をしている。父の死か。決闘の敗北か。
何を指しているのかも曖昧なまま、男の口から言葉だけが流れてくる。
「——つきましては、リンカ様のお力になりたく、マギテクスの霊装具とスキルカードをご提案させて頂ければと存じます。特に、剣に関しましては、最新作をお持ちしましたので、剣姫様のお眼鏡にかなう自信がございます」
商札を差し出された。受け取る。硬い羊皮紙に金文字の刻印。
名前が刻まれていたが、頭に入らなかった。
それよりも、男の手が気になった。指も掌も、滑らかで綺麗だった。
鉄を打ったこともなければ、剣を振ったこともない。
武器を売る人間の手に、武器を握った形跡がなかった。
「では、早速ご覧いただけますか」
男が、大きな鞄を開いた。
スキルカードが二枚と、霊装具が布の上に並べられる。
「バニエル様の戦術を分析した結果、最適な対策案をご用意いたしました」
男の声が軽やかに続く。
その白い指が、一枚目のスキルカードの上に乗った。
「まず、銀級の【自動障壁】の対策で、【魔防粒子】でございます。ご存じの通り、スキルカードの原料となる霊晶は、各民族の魂の樹から産出されますが、ツリーごとに得意な領域が異なります。こちらは、魔法系に秀でたゼルヴァ族のツリーから採れた霊晶を、弊社の工房で精錬・加工した一枚でございまして、妨害魔法に精通した術師の技を封じたカードです。本来は、魔法による攻撃を減衰させるために使用するものですが、リンカ様の場合、障壁対策として有効でございます。おおよそではございますが、強度を約四割ほど低下させます」
続けて、二枚目を取り出す。
「次に、火炎攻撃への対策で、【熱気耐性Ⅰ】でございます。炎の損傷を軽減いたします」
そして、霊装具だ。
「近接戦闘の底上げに、霊装具の篭手と脚甲です。どちらも量産品として、最新の第三世代です。銀閃流の居合との相性を考慮し、速度重視のスキルカードを装填しております」
よどみなく、一気にまくしたてた後、男の手が、布の下へと伸びる。
媚笑が、得意げな笑みへと変わった。
「そして、こちらが、本日の主役です」
布の下から現れたのは、剣だった。
空気が冷える。この剣自体が冷気を纏っているようだ。
「氷剣フロストエッジ。第四世代の中でも、一品物の最上位商品でございます」
美しいと思った。青白い刀身が、私の目を惹きつける。
「バニエル様の炎剣イグニスに対し、こちらは氷剣。冷気のスキルカードを強化する力がありますので、火炎対策が捗ります。それに——」
男が、わざとらしく目を細めた。
その視線は、私の全身を捉えているように見えるが、焦点は定まっていない。
「失礼ながら、リンカ様の銀髪と紫眼には、この青い刀身がよく映えます。勇者序列の容姿査定で、高得点を期待できるかと」
「容姿査定?」
私の怪訝な反応に対し、男が慌てて弁明した。
「失礼いたしました。決闘には関係のないことでした。しかし、勇者序列の向上にも寄与いたしますので、検討の材料に加えて頂ければと存じます」
つまり、勇者の序列は、容姿にも左右されるということか。
序列が高ければ、報酬の高い依頼を受けられる。序列を上げること自体が金になる仕組みだ。
勇者の強さや資質と、関係があるとは思えないが。
「いかがでしょうか。今なら、全品の一括購入で、特別割引をさせて頂きます」
男が提示した金額は、金貨にして五百枚。
シルベリアの税収のおよそ三年分に相当する。
「決闘に勝てば、爵位を奪還できます。そのための投資とお考えになれば、お安いものではないでしょうか」
男が両手を合わせて、媚笑を向けている。
障壁の弱体化、炎への耐性、篭手と脚甲による近接戦闘の強化。
分析は的確だ。これらの装備を使えば、確かに勝率は上がるだろう。
だが、これは「答え」ではない。問題の先送りだ。
対策装備で勝ったとして、次の敵が、また別の装備で来たらどうする。また別の装備を買うのか。
その次も、その次も……。装備に頼る限り、マギテクスから商品を買い続けなければならない。
「もちろん、高額な氷剣フロストエッジを外すなど、柔軟な対応も可能です。決闘における勝率は、下がってしまうとは思いますが」
金を払えば勝てる。金を払わなければ勝てない。
この男にとって、戦いとは、金の積み合いでしかないのだ。
「要らない」
男の笑顔が、一瞬固まった。
だが、すぐに戻った。想定内の反応なのだろう。断られることに慣れているのだ。
「……失礼ですが、お相手は、最新の霊装具で固めております。鋼の剣一本では——」
「知っている」
「であれば、なおさら——」
「一つ訊いていいか」
男が口を閉じた。笑顔のまま、先を促すように頷く。
「バニエルにも、対策装備を売ったんだろう」
笑顔は変わらず、男の目が一瞬だけ泳いだ。
それが答えだった。
マギテクスが、死の商人と揶揄されている理由が、よく分かった。
「……恐れ入りますが、私の担当ではありませんので、把握しておりません」
「もういい」
背を向けた。鋼の剣に、手を置く。柄の感触が、私の心を落ち着かせた。
***
マギテクスの商人は、あっさりと去って行った。
断られても、次の客がいる。一つの商談に、こだわる必要はないのだろう。
多数の護衛勇者が付いているようだ。あれだけの高額商品を持ち歩いていれば、当然か。
「マギテクスは、ラドリックにも商品を提案しています」
黒い髪を結い上げた侍女長が、私の二歩後ろに立っている。
証人への根回しに出ていたはずだが、いつの間にか戻っていた。
「買ったのか」
「はい」
即答だった。まるで見てきたかのようだ。
「私への対策装備か」
ベルタがはっきりと頷いた。
「さっきの男と同じよう、得意気に説明していました」
「そうか。腕が鳴るな」
対策されようが、その上を行けば良い。
それが私のやり方だ。




