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封印勇者と追放令嬢の下剋上  作者: 岳丈丸
第1章:逆襲の剣姫
15/20

015:死の商人

 まず目に入ったのは、不自然な笑顔だった。

 目尻が下がり、口角が上がり、頬の筋肉が均等に動いている。


――何故、笑顔なんだ。


 初対面で、お互いのことを何も知らないのに、この笑みは何なんだ。

 不可解としか言いようがない。


 その上、仕立ての良い詰め襟の外套に、土埃のついていない靴。

 汚れを寄せ付けないカードでも仕込んであるのだろう。踵が微かに光っている。

 樹木の匂いが漂う長閑な村には、およそ似つかわしくない身なりだ。


 そんな男の前で、ガントが腕を組んで立っていた。

 威圧を感じているはずだが、男の笑顔は動かない。

 いや、やはり平常心では無さそうだ。鞄の取っ手を握る指が、白くなっている。


 私が近づくと、男が一礼した。

 そして、不自然な笑顔が、急に神妙な面持ちに変化した。


「シルベリア伯爵家のリンカ様で、いらっしゃいますね。この度は、ご不幸がございまして——」


 不幸。何の話をしている。父の死か。決闘の敗北か。

 何を指しているのかも曖昧なまま、男の口から言葉だけが流れてくる。


「——つきましては、リンカ様のお力になりたく、マギテクスの霊装具(ジェムギアーズ)とスキルカードをご提案させて頂ければと存じます。特に、剣に関しましては、最新作をお持ちしましたので、剣姫様のお眼鏡にかなう自信がございます」


 商札を差し出された。受け取る。硬い羊皮紙に金文字の刻印。

 名前が刻まれていたが、頭に入らなかった。


 それよりも、男の手が気になった。指も掌も、滑らかで綺麗だった。

 鉄を打ったこともなければ、剣を振ったこともない。

 武器を売る人間の手に、武器を握った形跡がなかった。


「では、早速ご覧いただけますか」


 男が、大きな鞄を開いた。

 スキルカードが二枚と、霊装具(ジェムギアーズ)が布の上に並べられる。


「バニエル様の戦術を分析した結果、最適な対策案をご用意いたしました」


 男の声が軽やかに続く。

 その白い指が、一枚目のスキルカードの上に乗った。


「まず、銀級の【自動障壁】(オート・バリア)の対策で、【魔防粒子】(マジック・チャフ)でございます。ご存じの通り、スキルカードの原料となる霊晶(ジェム)は、各民族の魂の樹(ソウルツリー)から産出されますが、ツリーごとに得意な領域が異なります。こちらは、魔法系に秀でたゼルヴァ族のツリーから採れた霊晶を、弊社の工房で精錬・加工した一枚でございまして、妨害魔法に精通した術師の技を封じたカードです。本来は、魔法による攻撃を減衰させるために使用するものですが、リンカ様の場合、障壁(バリア)対策として有効でございます。おおよそではございますが、強度を約四割ほど低下させます」


 続けて、二枚目を取り出す。


「次に、火炎攻撃への対策で、【熱気耐性Ⅰ】(ヒート・レジスト)でございます。炎の損傷を軽減いたします」


 そして、霊装具(ジェムギアーズ)だ。


「近接戦闘の底上げに、霊装具(ジェムギアーズ)の篭手と脚甲です。どちらも量産品として、最新の第三世代です。銀閃流(ぎんせんりゅう)の居合との相性を考慮し、速度重視のスキルカードを装填しております」


 よどみなく、一気にまくしたてた後、男の手が、布の下へと伸びる。

 媚笑が、得意げな笑みへと変わった。


「そして、こちらが、本日の主役です」


 布の下から現れたのは、剣だった。

 空気が冷える。この剣自体が冷気を纏っているようだ。


氷剣(ひょうけん)フロストエッジ。第四世代の中でも、一品物(ワンオフ)の最上位商品でございます」


 美しいと思った。青白い刀身が、私の目を惹きつける。


「バニエル様の炎剣イグニスに対し、こちらは氷剣(ひょうけん)。冷気のスキルカードを強化する力がありますので、火炎対策が捗ります。それに——」


 男が、わざとらしく目を細めた。

 その視線は、私の全身を捉えているように見えるが、焦点は定まっていない。


「失礼ながら、リンカ様の銀髪と紫眼(しがん)には、この青い刀身がよく映えます。勇者序列の容姿査定で、高得点を期待できるかと」

「容姿査定?」


 私の怪訝な反応に対し、男が慌てて弁明した。


「失礼いたしました。決闘には関係のないことでした。しかし、勇者序列の向上にも寄与いたしますので、検討の材料に加えて頂ければと存じます」


 つまり、勇者の序列は、容姿にも左右されるということか。

 序列が高ければ、報酬の高い依頼を受けられる。序列を上げること自体が金になる仕組みだ。

 勇者の強さや資質と、関係があるとは思えないが。


「いかがでしょうか。今なら、全品の一括購入で、特別割引をさせて頂きます」


 男が提示した金額は、金貨にして五百枚。

 シルベリアの税収のおよそ三年分に相当する。


「決闘に勝てば、爵位を奪還できます。そのための投資とお考えになれば、お安いものではないでしょうか」


 男が両手を合わせて、媚笑を向けている。

 障壁(バリア)の弱体化、炎への耐性、篭手と脚甲による近接戦闘の強化。


 分析は的確だ。これらの装備を使えば、確かに勝率は上がるだろう。

 だが、これは「答え」ではない。問題の先送りだ。

 対策装備で勝ったとして、次の敵が、また別の装備で来たらどうする。また別の装備を買うのか。

 その次も、その次も……。装備に頼る限り、マギテクスから商品を買い続けなければならない。


「もちろん、高額な氷剣(ひょうけん)フロストエッジを外すなど、柔軟な対応も可能です。決闘における勝率は、下がってしまうとは思いますが」


 金を払えば勝てる。金を払わなければ勝てない。

 この男にとって、戦いとは、金の積み合いでしかないのだ。


「要らない」


 男の笑顔が、一瞬固まった。

 だが、すぐに戻った。想定内の反応なのだろう。断られることに慣れているのだ。


「……失礼ですが、お相手は、最新の霊装具(ジェムギアーズ)で固めております。鋼の剣一本では——」

「知っている」

「であれば、なおさら——」

「一つ訊いていいか」


 男が口を閉じた。笑顔のまま、先を促すように頷く。


「バニエルにも、対策装備を売ったんだろう」


 笑顔は変わらず、男の目が一瞬だけ泳いだ。

 それが答えだった。

 マギテクスが、死の商人と揶揄されている理由が、よく分かった。


「……恐れ入りますが、私の担当ではありませんので、把握しておりません」

「もういい」


 背を向けた。鋼の剣に、手を置く。柄の感触が、私の心を落ち着かせた。



  ***

 


 マギテクスの商人は、あっさりと去って行った。

 断られても、次の客がいる。一つの商談に、こだわる必要はないのだろう。

 多数の護衛勇者が付いているようだ。あれだけの高額商品を持ち歩いていれば、当然か。


「マギテクスは、ラドリックにも商品を提案しています」


 黒い髪を結い上げた侍女長が、私の二歩後ろに立っている。

 証人への根回しに出ていたはずだが、いつの間にか戻っていた。


「買ったのか」

「はい」


 即答だった。まるで見てきたかのようだ。


「私への対策装備か」


 ベルタがはっきりと頷いた。


「さっきの男と同じよう、得意気に説明していました」

「そうか。腕が鳴るな」


 対策されようが、その上を行けば良い。

 それが私のやり方だ。

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