014:鋼の剣
フォーラと二人で東都エストシュタットへ赴き、勇者組合の東都支部に申立書と証言書を提出した。
エンリコの書面に不備はなく、支部は受理せざるを得なかった。
東都から戻ると、ガントとベルタが、別の拠点を用意していた。
猟師小屋を引き払い、密林から程近い村に移った。
林業を営んでいる村で、製材所の隣にある空き家を借り切っている。
軒先では、晶具の力手袋を嵌めた村人たちが、丸太を担いで行き来していた。
霊晶を革や布に編み込んだ、使い切りの道具だ。霊装具のようにスキルカードを装填するものではないが、安価で、力仕事や農作業には重宝する。
住居というより倉庫に近い建物だが、猟師小屋とは、比べ物にならないくらいマシだ。
戻ってから三日目の朝。
私は、家の裏手で、腕立て伏せを繰り返していた。
申立ては受理されたが、再決闘の日時は決まっていない。
待っている間、私は何もすることがない。
剣もないので、筋力向上の鍛錬に励むしかなかった。
不規則な足音が近づいてきた。右足と左足の踏み込みが違う。
クルトだ。片腕を失っていて、重心がずれているから、すぐにわかる。
「お嬢。ダリウスから預かり物です」
布を解くと、鉄の剣が姿を現した。
飾り気のない直剣。だが、鉄の色が違う。深い、青みがかった鈍い光沢。
「鉄じゃなくて、鋼らしいですよ」
クルトが教えてくれた。
剣の下には、二つの霊装具もあった。
使い古された革の籠手と、同じ革の脚甲。どちらも第二世代だ。
籠手には鉄級の【鉄壁Ⅰ】と【衝撃吸収Ⅰ】。
脚甲には【残像Ⅰ】と【衝撃吸収Ⅰ】。
前回と異なり、今回は脚甲も用意してもらった。
剣を手に取る。母の剣とは重みが違う。
だが、手のひらに吸い付くように馴染む。
そこは、ダリウスの成せる技だろう。
「振れと。それだけ言っていました」
ダリウスらしい。余計な言葉はない。職人らしい一言だ。
「……ああ。振りまくってやる」
鋼の剣を腰に差した。
重い。母の剣とは、納剣している時の感覚も違う。
――慣れる必要があるな。
走って、振って、斬って。走って、振って、斬って。
しばらくは鍛錬というより、慣熟訓練になりそうだ。
家の裏手は、雑木林になっている。
ランズローは、いつもそこでボンヤリしているのだが、今はクルトを見ていた。
正確には、クルトの左腕だ。肘から先がない袖が、風に揺れている。
クルトがその視線に気づいた。
「肘に爪を受けてね。真っ二つだよ」
東都の騎士隊フェルゼンリッターに務めていたころ、南から押し寄せた魔物の群れの討伐で左腕を失った。
それで騎士を解雇されたところ、かねてから交流のあった父が声をかけたと聞いている。
「……そうか」
ランズローの反応は、それだけだった。
ボンヤリと目を向けていただけで、興味があった訳ではないようだ。
クルトが軽く右手を挙げて、踵を返した。
左腕は無いが、真っ直ぐな背筋が、彼の姿勢を物語っている。
クルトが去った後、ランズローは、製材所の軒先に積まれた丸太の前に移っていた。
手を伸ばして、樹皮に触れる。
指で表面をなぞり、断面を覗き込む。匂いも嗅いでいるようだ。
しばらくして、隣の丸太にも同じことをした。
「何をしているんだ?」
「……こっちは、まだ乾燥しきっていない。建材にするなら、あの端の二本だな」
指を差す目が鋭い。
ボンヤリしている時とは、まるで別人だ。
「どうして、わかる」
「木こりなら、見ればわかる」
木こりだったのか。冗談かと思ったが、嘘を言っている顔ではなかった。
――こんな強い木こりがいるか。
私は思わず苦笑いをしながら、丸太を観察しているランズローの姿を見つめていた。
***
鋼の剣で、いくつかの型を試した。
――銀閃流・霜華
抜刀から、納刀。空気の裂ける音の鋭さが違う。
明らかな違和感。動きに滑らかさがなく、何かに引っかかっているような感覚がある。
――剛亀流・瀬返
ガントに叩き込まれた防御の型。
相手の斬撃を受流す。刃を合わせた瞬間に力の流れを読み、横へ逸らして防ぐ技だ。
こちらは、実際に受けてみないと感覚を掴めない。
後で、ガントに相手をしてもらおう。
――やはり、調整が必要だな。
再決闘の日まで、まだ時間はある。当分は、鍛錬に集中するしかない。
そう思って、頬が緩んだ時だった。
「身体の調子は、どう?」
フォーラだ。あくびをしながら立っている。
「問題ない。まずい汁は、もう必要ないぞ」
ここ数日、決闘以降の損傷を回復するためなどと称して、深緑色の得体のしれない飲み物を摂取させられていた。
確かに、身体の内から活力の沸き上がるような感覚はあったが、ひどい味だった。
「ああ、あれね。もう実験は終わったから――」
「実験だと」
「そんなことより、客が来てるわよ」
「客?」
「マギテクスの商人だって」
マギテクス。帝国最大の商会で、特に霊装具の製造では、ほとんど独占していると言って良い。
近年は、皇太子が帝国工房を支援し、マギテクスに対抗しようとしていると聞く。
「私に?」
「ええ、紹介したい商品があるそうよ」
鋼の剣を鞘にしまう。
バニエルの装備は、炎剣イグニス以外、すべてマギテクスの量産品だったはずだ。
私にも、霊装具を売るつもりなのか。
「……会おう」
マギテクスは、帝国だけでなく、帝国と敵対している遊牧民族や、反乱組織にまで武器を流し、巨万の利益を得ているらしい。
要するに、あまり良い噂は聞いたことがない。
――死の商人か。
そんな組織の男は、どんな顔、どんな手をしているだろうか。
会って確かめてやる。




