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封印勇者と追放令嬢の下剋上  作者: 岳丈丸
第1章:逆襲の剣姫
13/20

013:申立て

 グランツフェルトの外れ。街道沿いに、壁の漆喰が所々剥がれた小さな家があった。

 庭先に薬草が植わっている。フォーラの手によるものだろう。

 伯爵館の中庭にも、フォーラの管理している薬草園がある。


「先生、フォーラよ。診察日じゃないけれど、お客を連れてきたわ」


 フォーラが戸を叩くと、家の中から足音がした。

 扉が開く。白髪の老人。痩せているが、背筋は伸びている。


「エンリコ先生、シルベリアのお嬢様よ。話を聞いてあげてね」


 フォーラは気だるげに言ったが、「お嬢様」という言葉を選んだ。

 この一語で、私の正体を伝えている。

 エンリコが小さく頷いた。


「入りなさい」


 家の中は、質素だった。木の卓と椅子が二脚。壁際に書棚が一つ。

 棚に並んでいるのは法令集の写しと、帝国の官報の綴じ本だ。

 窓から差し込む朝の光が、卓の上に四角い影を落としている。

 古い紙とインクの匂いが、薄く漂っていた。


 エンリコが椅子を引き、私に座るよう促した。

 フォーラは、窓際の壁に寄りかかる。


「話を聞こう」


 私は簡潔に話した。

 決闘の経緯。父ジェラルドの死後、叔父ラドリックが家督を主張し、代理決闘に持ち込んだこと。

 代理人のバニエルが、規定で禁じられた黒級のスキルカードを使用したこと。

 エンリコは、黙って聞いていた。


 最後に、私は前回の決闘を無効にしたい。その手伝いをして欲しいと言った。

 すると、エンリコは少し目線を外し、間を空けてから訊いた。


「無効にして、どうしたいのか。爵位を取り返したいのか?」

「再決闘したい」


 エンリコの眉が動いた。

 それから、少し早口になって話し始めた。


「お前の話が本当なら、法廷で争えばいい。黒級の不正使用があったなら、記録を揃えて組合に申し立てるだけだ。決闘の結果は覆る。相続権も戻る。わざわざ、もう一度戦う必要はない」

「負けたままでは、いられない」

「法廷で覆れば、負けてはいないことになる。公にも周知される」

「周りは関係ない。私の問題だ」


 エンリコが口を閉じた。

 少しの間を置いて、目の色が変わる。

 元官僚の実務家としての目ではなく、もっと深い、何かを見定めるような目だ。


「もう一度負けたら、ラドリックの相続が確定する。今度は覆せない。お前は、領地も家名も、全て失うことになる」

「覚悟している」

「領民は、どうなる」


 喉の奥が詰まった。

 ラドリックの統治が続く。あの男の下で、領民がどうなるか。


「……それは」


 言葉が続かなかった。エンリコの言っていることは正しい。

 法廷で勝てるなら、そちらのほうが確実だ。領民を危険に晒さずに済む。

 だけど、それでも、私は戦いたい。今度は勝つ自信もある。

 しかし、戦いに絶対はない。万が一の可能性はある。


 何も言えず、身体が固まる。

 エンリコが、フッと息を吐いた。


「正直者だな」


 老人の声に、棘はなかった。


「今の帝国は、法廷も金で動く。裁定官の買収、証人への圧力、書類の改竄(かいざん)。正しい手続きを踏んでも、金を積まれれば覆される」


 エンリコは、卓の上で指を組んだ。


「法廷で負ける可能性は、低くない。むしろ高い。決闘の方がマシだろう」


 エンリコが頷いた。自らを納得させるかのように。


「協力しよう」


 立ち上がって、書棚に手を伸ばした。迷いなく一冊を引き抜く。

 古い革装丁の書物。頁の端が擦り切れている。エンリコの指が頁を繰っていく。


「帝国決闘法、第十七条」


 エンリコの指が、条文の上で止まった。


「決闘における金級以上のスキルカードの使用は禁止する。違反があった場合、敗者側に再決闘の請求権が発生する。ただし――」


 エンリコが顔を上げた。


「請求には三つの要件がある」


 指が条文を追う。


「一、公式記録との照合。組合支部に保管された決闘記録と、申立ての内容が一致すること」

「二、立会人または第三者の証言。証言書の添付が必要となる」

「三、管轄支部への正式な書面による申立て」


 記録はあるし、証人はいる。問題は書面だ。


「私が書こう」


 ここに来た時点で、私たちが何を求めているかは分かっていたのだろう。

 フォーラが黙って、窓際から歩み寄り、机の上に酒瓶を置いた。

 エンリコが苦笑した。


「フォーラ。朝から酒はいかん」

「なら、晩酌にどうぞ」


 そう言って、フォーラは元の場所に戻った。

 お茶らけているが、お礼の品だ。こういうところには卒がない。


 エンリコは、書棚から羊皮紙と万年筆を取り出した。

 インク壺の蓋を開け、穂先をインクに浸し、書き始める。


「少し時間をもらう」


 エンリコは、それだけ言って、手を動かし続けた。

 万年筆の先が、羊皮紙の上を走る音だけが、部屋に満ちる。

 フォーラは窓際で腕を組みながら、黙ってエンリコの背中を見ていた。



  ***



 窓の外の光が赤くなり始めた頃、エンリコが卓の灯に手を伸ばした。

 使い捨ての照明具だ。燭台に触れるだけで、淡い光が灯る。

 その灯りの下で、万年筆がもうしばらく走り、やがて止まった。

 卓の上に、羊皮紙が三通並んでいた。申立書二通と、私信が一通。


「証人への根回しは済んでいるか」

「観客席にいた騎士に接触しています」

「騎士の名は?」


 ベルタから聞いていた名前を告げた。

 エンリコの眉が動いた。


「知っている。正しいことをする気持ちはあるが、背中を押す手が必要な性分だ。その私信を持っていくと良い」


 私は、羊皮紙を受け取った。

 鉄の剣とは比べものにならないほど軽い。

 だが、この局面においては、計り知れない重さがある。


「……ありがとうございます」


 私は、深く頭を下げた。

 エンリコは、何も言わず、ただ深く頷いた。

 フォーラが窓際から離れ、私の隣に立つ。


「東都まで、馬車で三日かかるわ。早めに出ましょう」


 私は頷き、羊皮紙を懐に仕舞った。

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