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封印勇者と追放令嬢の下剋上  作者: 岳丈丸
第1章:逆襲の剣姫
12/20

012:英雄

「ランズロー? あの英雄と同じ名前じゃない」


 師匠を紹介すると、フォーラが驚きの声を上げた。


「英雄?」

「始まりの七勇者よ。魔王を討伐した勇者たちの一人。まさか、知らないの?」

「……歴史の講義は、苦手だった」


 フォーラが呆れている。

 ガントに救いの目を向けたが、ゆっくりと首を振られた。

 さすがに俺でも知っている。そう言っているようだ。


「ランズローは、魔王と相討ちになって戦死した。その功を称えて、『勇者の中の勇者』と呼ばれているわね」


 死んでいるのか。

 石棺のことを思い出し、一瞬まさかと思ったが、違ったようだ。


「たいそうな名前だけど、それ相応に強そうね」


 ランズローの身体を見ながら、フォーラが言った。

 ベルタは、ランズローの動きを観察していたが、フォーラは肉体を見て判断している。

 どちらにしても、同じ結論に至っていた。


「世話になる」


 ランズローが言った。意外だった。

 いや、それは失礼か。石棺の中で長く寝ていたから、ボンヤリしがちなだけだ。


「状況を確認します」


 ベルタが、卓の上に地図を広げた。

 シルベリア領の略図。インクの滲む手書きの地図だが、街道と集落の位置は正確だ。

 伯爵館のあるグランツフェルトを中心に、五つの村が点在している。


 ガントが丸太に腰を下ろした。鎧の重みで丸太が軋む。

 フォーラは椅子に座り、卓の上に酒瓶を置いた。

 ランズローは壁に背を預け、腕を組んで目を閉じた。いつもの姿勢だ。


「まず、騎士の去就ですが、コンラートは、ラドリックと共謀です」


 ベルタが言った。

 コンラートは、従士の数や、霊装具(ジェムギアーズ)の更新が進まない点で、以前から不満を述べていた。

 ラドリックになれば、待遇が良くなると判断したのだろう。


「ハインツは?」

「体調を崩したと言って、引きこもっています」


 風見鶏。元から、そういう類の人間だ。意外ではない。

 それに、今回の騒動は、伯爵家の問題であって、騎士に関与を求める方がお門違いだ。


 ベルタの指が、地図上のグランツフェルトから、各村を結ぶ街道をなぞる。


「衛兵隊は、そのまま稼働しています」

「クルトは、どうしてる?」

「解雇を申し渡されました。隻腕の兵士など、使い物にならないと」


 衛兵隊長のクルト。魔物との戦いで左腕の肘から先を失い、騎士を退いた男だ。

 だが、その人格と指揮力を買って、父が衛兵隊長として雇った。

 面倒見が良く、公正清廉で、衛兵たちからの信望は厚い。


「クルト殿は、各村を巡回している。引き継ぎがあるからな。解雇は、その後になるだろう」

「随分と長い引継ぎね」


 ガントの言葉に、フォーラが笑いながら応じた。

 要するに、クルトは衛兵隊を掌握し続けているということだ。


「ジルク殿とグレーテ殿は、屋敷に残っている」


 ジルクは、父の代から仕えている家宰だ。父の右腕と言って良い。

 ラドリックの手綱を握るために、あえて懐に残ったと考えるべきだ。

 グレーテは熟練の侍女で、ベルタでも頭が上がらないほどの人柄だ。

 あの二人が残っているなら、館内のことは心配無用だろう。


 私は、地図に目を戻した。館。街。村。ほとんど変わりはなさそうだ。

 となると、問題は金か。


「ラドリックは、何をしようとしている?」

「まず、聖女の巡礼祭だ」


 ガントが答えた。

 巡礼祭。聞いたことはある。

 聖霊樹教会の聖女が各地を巡り、ソウルツリーの祝福を民に授ける行事だ。帝都や南都では珍しくもないが、東部にまで聖女が足を運ぶことは滅多にない。


「巡礼祭の誘致は、ジェラルド様が保留にされていた案件ですね。教会側から、何度も打診はありましたが」


 ベルタが補足した。そうだ、思い出した。

 帝都と南都の聖女から、何度か話があった。しかし、費用で折り合わずに断っていた。

 聖女の護衛、祭壇の設営、街道の整備、宿泊施設の確保。そして、聖霊樹教会への寄進。

 とにかく、金がかかるのだ。

 聖女が来るとなれば、領民も喜ぶから、父も悩んでいたのを覚えている。


「ラドリック殿は、すぐに判を押しました。ご自身の正統性を、聖女の祝福で裏付ける狙いかと」

「……シルベリアには、そんな金は無いはずだ」

「臨時徴収です」


 ガントが、苦々しく言った。


「……収穫直後の麦を、市場の半値で差し押さえたと聞いています」


 ベルタの声には、温度がなかった。

 そんなことだろうと思った。というか、それ以外の手段がない。


「加えて、序列外の孫請け勇者が三名と、傭兵も六人ほど抱えております。それから――」


 ベルタの声が、僅かに冷える。


「バニエルも、まだ屋敷に残っています」


 下っ端の勇者とコンラートだけでは、心許ないか。

 代理決闘だけでなく、その後の護衛任務も引き受けているとなれば、けっこうな額の契約になっていそうだ。

 それでも、こちらには、ガントとベルタ、そしてランズローもいる。

 はっきり言って、戦ったら楽勝だ。


「力ずくで勝てる相手ですが……」


 私の考えを代弁するかのように、ベルタが言った。

 しかし、それでは意味がない。


「力で奪還したら、リンカが簒奪者になってしまうわ」


 フォーラの言葉に、私も頷いた。

 決闘で負けたことになっている以上、今はラドリックに正当性がある。

 だが、あの決闘自体が不当だったと証明できれば――。


「バニエルが使った、【轟炎葬】(ボルケノン)。あれは黒級のスキルカード。明確な規定違反だ」

「お嬢様の仰る通りです。私たちは、闘技場から閉め出されていましたが、観戦者から証言は取ってあります」


 さすが、ベルタは仕事が早い。

 ガントが身を乗り出す。


「規定違反であれば、決闘そのものが無効だ」

「それを証明する。証拠を揃えて、決闘を所管している勇者組合に申し立てる」


 ランズローが、僅かに目を開けた。

 口元が、ほんの少しだけ、持ち上がった気がした。


「証言はありますが、それだけでは受理されません」

「あとは、何が必要なんだ?」


 沈黙。ベルタの問題提起に対し、誰も答えを持っていなかった。

 ここには、法制度に詳しい者がいない。


「ひとつ、心当たりがあるわ」


 全員がフォーラを見た。


「前の東都法務長官よ。引退して、この辺りに住んでいる爺さんでね。私の患者なの」

「法務長官が、なぜシルベリアに?」


 私が言うのも何だが、終の棲家にシルベリアを選ぶ理由はないと思う。


「法務長官の席が、帝都からの天下り席になっているのよ」

「ああ、そういうことですか」


 ベルタが納得した。が、私にはよくわからない。

 キョトンとしているが伝わったのか、フォーラが説明してくれた。


「東部は、絶賛衰退中でしょ。だから、政治的にも価値が低くて、仕事のできない怠け者ばかり寄越されるのよ」

「……どうしてだ?」

「実力者は、南都とか聖都とか、もっと旨味のあるところに行くからよ」


 南都は帝国最大の商業都市、聖都は聖霊樹教会の本山がある宗教都市だ。


――なるほど、こんな廃れた田舎では、稼げないってことか。


「……ん? でも、その爺さんが、シルベリアにいる理由が分からないな」

「無能な長官たちの尻拭いをしていたけど、それが嫌になって逃げてきたのよ」


 ありがとう、フォーラ。一から十まで教えてくれて、ようやく理解できた。


「政治とは、難しいものだな」


 ガント、お前もか。

 でも、ホッとした。私と同じくらいの仲間がいてくれて。

 状況は何とか分かったが、根本的な問題は残っている。


「その方は、力を貸してくれるのか」


 フォーラが肩をすくめる。


「わからないわ。ただ、あの爺さんは、まっとうな人よ。まっとうすぎて、何も変えられなかった人」


 フォーラの声には、憐憫が含まれていた。


「条文の読み方も、申立書の書き方も、あの人なら知ってるわ」

「案内してくれ」


 早速と私は腰を上げたが、フォーラは酒瓶を傾けて、ゴクゴクと飲んでいる。


「明日の朝ね。お年寄りは、早寝早起きだから」

「……うん、わかった」


 すでに、景色は夕色だ。

 元法務長官ともなれば、礼儀にうるさい可能性もある。

 今から訪れては、非礼と言われても仕方がない。


「ベルタは、証人の居場所を把握しておいてくれ」

「承知いたしました」

「ガントは、ここで待機」

「承知」


 そして、ランズローは、と視線を向けると、グウと腹の鳴る音がした。


「……飯は」


 僅かな沈黙の後、フォーラが吹き出した。


「あはは! 面白いわね、この人。大丈夫よ、夕飯は私が作るわ」


 ガントの面頬の奥から、微かに息を吐く音が聞こえた。笑ったのかもしれない。


「師匠、フォーラの飯は旨いぞ!」

「……そうか」


 それだけ言って、ランズローは目を閉じた。

 心なしか、恥ずかしそうに見えた。

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