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封印勇者と追放令嬢の下剋上  作者: 岳丈丸
第1章:逆襲の剣姫
11/20

011:合流

「お嬢様」


 ベルタの声が、背中越しに飛んできた。

 密林の湿った空気に溶けるような音量。前を歩きながら、振り返りはしない。


「あの方は、何者ですか」


 真っ先にそれか。いや、ベルタにしてみれば当然だろう。

 集落を出てから、正体不明の巨漢が付いてきている。


「師匠だ」


 ベルタの肩が、少しだけ上下に動いた。


「……左様でございますか」


 珍しく少し驚いた様子だったが、それ以上は何も訊いてこなかった。

 ランズローを観察し、ベルタなりの結論を出していたのだろう。


 樹冠の隙間から、細い光が落ちてくる。

 腐葉土の匂い。頬を撫でる蒸気。密林はいつも同じ温度で、同じ湿度だ。

 時間の感覚が鈍くなる。


「お嬢様。もう一つ、伺ってもよろしいですか」

「なんだ?」

「なぜ、あの決闘をお受けになりましたか」


 きたか。訊かれると思っていた。

 決闘という言葉に釣られて……などと言おうものなら、フォーラに告げ口されて、地獄の食卓が待ち受けているだろう。


「……受けなければ、別の手で来た」


 前を向いたまま答えた。

 決闘の申し出を断れば、ラドリックは、政治力で家督を奪いにかかっただろう。

 帝都にも人脈を持つラドリックなら、そっちの方が有利だ。


 ただし、時間も金もかかる。だから、決闘を選んだ。

 私としても、一番マシな選択だった。


「では、相手が反則の札を切った時、なぜ降りなかったのですか」


 声の温度が、少し下がった。こっちが本命か。


 あの決闘で、バニエルが懐から取り出した黒級のスキルカード【轟炎葬】(ボルケノン)

 金級以上の使用は禁止されている決闘で、黒級を隠し持っていた。


 黒級のスキルカードを使った時点で、相手の違反は確定している。

 その場で、審判に異議を申し立てることもできた。

 むしろ、その方が妥当な判断と言える。

 あの審判は買収されているようだったから、私の負けと判定されただろうが。


――だが、私は戦うことを選んだ。


 なぜか。答えは分かっている。

 あの瞬間、私の中に沸き上がったのは、怒りでも、ましてや恐怖でもなかった。

 高揚感。【自動障壁】(オート・バリア)を叩き割った自負が、判断を狂わせた。

 勝ちの匂いに酔って、冷静な判断力を失わせていた。


「……過信だった」


 私は、それだけを答えた。

 ベルタの歩みが、僅かに遅くなった。


「左様でございますか」


 すぐに、歩調が元に戻った。

 危なかった。これで特別訓練からは逃れられる。


 師匠は、このやり取りの間、一言も口を挟まなかった。

 いつものボンヤリ顔で、欠伸をしながら歩いている。

 もはや半分寝ているのではなかろうか。


 しばらくして、樹木の密度が薄くなってきた。

 光が増える。空気が乾き、肌にまとわりついていた湿気が剥がれた。

 風の匂いが変わる。土と草の、乾いた匂い。


 密林を抜けると、丘の上だった。眼下に麦畑が広がっている。

 刈り入れ前の穂が風に揺れて、金色の波を作っている。

 その向こうには、灰色の屋根が点在する集落があった。


 シルベリアに帰ってきた。

 一週間ほど離れていただけだが、帝都に留学していた時よりも感慨深い。

 ベルタが隣に並ぶ。いつの間にか、侍女服に戻っていた。

 黒装束は、どこへやった。


「合流地点は、この集落の中です。ガント殿が待っています」


 シルベリアの東端。帝国の東の果て。

 この場所なら、ラドリックの目も届かないだろう。


 ランズローは、黙って風景を眺めていた。

 目に力がある。はっきりと、この土地を見ている。

 僅かに唇が動いた。聞き取れなかった。何かを思い出したのだろうか。


「……行こう」


 私は詮索を振り払って、密林を後にした。



  ***



 古い猟師小屋だった。

 壁板が苔に覆われて、屋根の端は朽ちて欠けている。

 小屋の周りは、枯れ草と湿った土の匂いがした。


 廃屋寸前といった態だが、窓には布が掛けられ、入口には新しい足跡があった。

 それも一人や二人ではない。複数の人間が、ここ数日の間に出入りしている。


 ベルタが足を止めた。

 右手の人差し指と中指を口元に当て、短い信号音を飛ばす。

 口笛に似ているが、音の波形が違う。

 黒影流(こくえいりゅう)の連絡符丁。シルベリア伯爵家の者でも、一部の人間にしか伝わらない。


 小屋の中から、大きな青い鎧が現れた。

 やっとのことで、扉を通って、外に出てきた。

 全身鎧の継ぎ目なく磨かれた鉄板が、木漏れ日を鈍く弾いている。

 横幅だけで並みの男二人分はある。角ばった兜の覗き穴の奥に、無骨な瞳が光っていた。


「……お嬢、よくご無事で」


 騎士団長ガント。古流武術・剛亀流(ごうきりゅう)の使い手だ。

 幼い頃には、この巨体に向かって、よく木剣を振り回していた。


 ガントが、私の前で膝をついた。

 鎧が軋む。片膝が地面にめり込み、地響きのような振動が伝わってくる。


「おかえり、リンカ」


 ガントの背後から、もう一つの人影が現れた。

 白衣をだらしなく着こなし、懐に薬瓶を差し込んでいる。

 フォーラだ。見かけは、せいぜい藪医者だが、東都エストシュタットにまで顧客を抱える名医だ。


「心配をかけた」


 皆に頭を下げる。

 今度は過信も油断もしない。

 私の身は、私のものであって、私だけのものではないのだ。

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