涙の再会
●涙の再会
老中納言は成長した落窪姫の美しさに目を瞠ります。手をかけて育てたほかの娘たちより優っているではないか……!
「私のことを薄情な父親と恨みに思って、今まで知らせてくれなかったんだね。こうして会えて、胸のつかえが下りたよ」
「恨みに思ってなどおりません。衛門督殿から、しばし待て、と言われておりましたので。私の関知せぬこととはいえ、ご無礼のかずかず、父上がどんなお気持ちでいらっしゃるかと、気に病んでおりました」
「いろいろと不可解な目に遭ったけれど、衛門督殿が私に下された懲罰だったんだね。おまえを大切に思ってくださるからこその、私へのお咎めだったのだ。むしろ嬉しいよ、私は」
老中納言は笑います。
北の方=かつての落窪姫は涙ぐみます。
「そんなふうにおっしゃっていただいては、畏れ多いですわ」
どこまでも優等生の姫君なのでした。
そこへ、衛門督がとてもかわいらしい男君を抱いて戻ってきます。
「さあ、ご覧ください。とても素直ないい子なんですよ。中納言殿の北の方も、この子なら取って喰おうとはお思いにならないだろう、と言っていますよ、この子の母親は」
ここでまた、そんな皮肉をおっしゃるなんて! 北の方(姫君)は困ってしまいます。
老中納言は相好を崩して、愛らしい男君のほうへ両手を伸ばします。
「こっちへおいで、こっちへ。わしがジイジじゃよ」
男君はたたたっと小走りに寄ってきて、人見知りもせずに老人の首にしがみつきます。
「ジージ?」
ダメ親父、シアワセ過ぎ。
「おう、おう。ずいぶん大きなお子じゃ。いくつなのですか?」
道頼が答えます。
「三歳になりました」
「お子たちは、ほかにも?」
「この子の弟は右大臣に預かって※いただきました。ほかに女の子※がいますが、今日はさしつかえが※ありますので、いずれまた会っていただきましょう」
※弟は右大臣に預かって――次男は祖父・右大臣の養子となっていることが後段ではっきりします。
※女の子――道頼の長女。いつ生まれたんでしょうね!? 物語の時間経過を考えると、まだ誕生間もないと思われます。この女の子、やがて入内し、さらには皇后になります!
※さしつかえ――当時、新生児は穢れたものとされて、男児は誕生後三十日、女児は誕生後三十三日、忌日をもうける風習があったようです。ここでは、その意味であるのかどうか判断できませんが。
●越前守、へべれけに酔う
涙の再会のあとは、お約束の宴会です。
老中納言には膳が用意され、供奉の者たちや牛飼童にも、ご馳走やお酒がふるまわれます。
若い越前守は――別コースで饗応されるようです。
道頼が、北廂の台盤所※に控えていた女房たちに、陽気に声をかけます。
「衛門! 少納言! 越前守殿をそちらへお連れして、酔うほどにお飲みいただくのだ」
「承知いたしました♪」
道頼は、人心掌握のどんな小さな機会も逃しません。かつては、蔵人の少将の心をがっちりつなぎとめました。地券や荷物の返却の件で困らせた相手を、今度は一気に、自分に好感を抱く人間にしよう、と考えて行動しているのですね。これは、その序の口ですが。
「越前守殿、こちらへどうぞ」
「さあ、こちらへ」
衛門と少納言は、扇で口元だけを隠し、コケティッシュな笑みで越前守を誘います。女房テクニックの基本かもしれません。
「いや、私は簀子にでも控えておりますので――」
「な~にをおっしゃいますの。さ、さ、早う、おいでなさいませ。衛門督殿のお言いつけのとおりにおもてなしさしあげないと、私どもがお叱りを受けますわ」
越前守としては、実母がやらかしたとんでもない所業を思うと、気が引けます。
でもなぁ。あれは母上がなさったこと。私はまったく知らなかったんだし……。ま、いっか。
「では、遠慮なく」
と、台盤所へ招じ入れられると、真新しい薄縁(畳カーペット)が敷きつめられ、若い侍女たちがずらりと二十人ほど居並んでいるではありませんか。いずれ劣らぬ美女ばかりです。
越前守、オナゴが嫌いではありません。
いえ――かなりの女好きなのです。
御簾という邪魔な隔てがなく、美女二十人をじかに見ることができるのです。しかも、もてなされる男は自分一人。これって、プチハーレム?
悪くない。
てか、最高でしょ、これ。
目移りしちゃうな。見知った顔が何人かいるぞ。みんな、ウチにいたころより美人度がアップしてる。何でだろう?
「越前守殿をお酔わせしろとの衛門督殿の仰せです。素面でお帰しもうしあげるわけには、まいりませんわ」
衛門がにこにこ顔で言います。
「さあ、お若い方々、越前守殿にどんどんお酒をお勧めしてくださいな」
「かしこまりました~」
「お盃はこちらに~」
「オードブルはいかがです?」
「私からもご酒を~」
「私からも~」
「ちょ……お待ちくだされ、お待ちくだされ。はは、困るよ~。てか、これ、何???」
見上げると、天井にはミラーボールがくるりん、きらりん。渡殿のほうからは、ポップスのメロディーが。竹内まりやのプラスティックラブ©平安バージョンでしょうか?
「もっとお飲みくださいませ。ぐっと乾してくださいませ」
「ご酒の新しい甕を開けましたゆえ」
「さあ、どうぞ~」
「さあ、もっと」
「さあ、さあ」
越前守はすっかり酔っぱらって、
「衛門の君ぃ、お助けを~。これは罰ゲームですか~? ふぇ~い」
這う這うの体で退散しようとするのですが、美女軍団に取り囲まれてしまいます。
ばったり。
越前守、酔いつぶれて、床に伸びてしまうのでした。
※台盤所――台盤は漆塗りの四脚の食膳(小テーブル)で、台盤所はそうした食膳などを保管する場所ですが、内裏では女房たちの詰所になっています。高位の貴族たちはそれに倣って、北廂に設けた台盤所を女房の詰所に充てているのです。
●犬猿の仲だったはずなのに???
道頼は老中納言と盃を交わしています。気を遣って、会話が途切れないようにしています。老中納言は心地よく酔わされていきます。
「これからは、私にできることは何でもいたしましょう。お望みのことがおありでしたら、おっしゃってください」
「なんとありがたいお言葉……感謝のしようもございません」
老中納言、感激のあまり、酔い泣きしています。
日が暮れます。
道頼は、老中納言に、束帯装束一揃い、直衣装束一揃い、由緒ある石帯※などを贈ります。越前守にも、女装束一揃いに綾の単襲を添えて、禄として与えます。さらには、供人たちにも、五位の者には女装束一襲、六位の者には袴一具、雑色には腰差し※を与えます。
供人たちはびっくりしてしまいます。
「ウチの大殿さま(老中納言のこと)は衛門督殿とは犬猿の仲と、思うとったのに、どうなってるんじゃ???」
いや、まったく。
どうなってるんじゃ???
ここまでダメ親父に尽くさんでもええわ、道頼。
老中納言は、この先、もっともっと厚遇されちゃうんです。
道頼としては、老中納言のためではなく、北の方(姫君)のためにしていることなのでしょうね。親孝行が趣味の北の方に、これまで我慢を強いたので、埋め合わせをしなくては、と思っているのでしょう。溺愛です。
※石帯――束帯姿のときに身に着ける革製のベルト。瑪瑙や水晶などの石を飾りにあしらうので、この名称で呼ばれます。道頼は、実家に伝来する高価な石帯を贈り物にしたようです。この石帯、後日、老中納言が道頼に遺贈してきます。
※腰差し――軸に巻いた絹地。下賜された者は腰に差して退場するのが作法。




