道頼、老中納言と対面する
●老中納言、三条殿へ
翌朝――。
老中納言のもとへ、衛門督から文が届きます。
『越前守に託した伝言はお聞きいただきましたでしょうか。お時間がおありなら、今日お立ちよりください。ぜひとも申しあげたい儀がございます』
老中納言は、すぐにお伺いします、と返事をして、越前守と出かける支度をします。
一方、道頼は、本殿の南の廂を応接の間と決めます。北の方(姫君)は、廂の母屋に近いところに落ち着いて、前には几帳を立てます。侍女たちは全員、北廂へ下がるように命じられます。老中納言との会話の内容を侍女たちが耳にするのは、好ましくありません。
やがて。
老中納言と越前守が三条殿に到着します。面会が始まります。
「お呼びたてして申し訳なく存じます」
「いえいえ。お会いできて嬉しゅうございます」
「中納言殿にご足労願ったのは、お詫びの儀もございますが、こちらにひどく嘆いている人がいるのですよ。『中納言殿が何年もかけて修繕して気に入っていらっしゃったのに、妨害するようにここへ引っ越すことになったのは不本意です。この屋敷はやはり中納言殿にさしあげてください』と泣いて訴える人が。そういうことなので――この屋敷、お受け取りください。地券をさしあげようと思い、ご連絡さしあげたのです」
「泣いて訴える……。私の娘、ですね。もう何年前のことになりましょう、どういう事情でか、家から消えてしまい、消息不明となりました。生きていてくれたとして、この忠頼め※が若かったなら、またどこかで出会えると期待もできましょうが。親の私が老い先短いと承知しているはずなのに、なんの音沙汰もないということは、娘はやはり生きてはいないのだな、と想像した次第です。悲しく思い、嘆いておりました。この三条殿は、あの子がいたら領有すべきもの。けれど、あの子がこの世にいないのならば私が所有するほかあるまい、と考えました。あまり荒れ果ててしまわぬうちに、と修繕したのです」
「なるほど」
テキトーな言い訳を並べてるな、このダメ親父、と道頼は思うものの、いきなりギアチェンジはしません。先ずは、相手に好きなようにしゃべらせて、こちらも穏便に話を続けて、でも、後でちょっと嫌みも言ってやろう、などと考えているのでしょう(おそらく)。
「あの子がこうして衛門督殿のもとにいようとは、存じませんでした。娘が今まで知らせてくれなかったのは、この忠頼めをひどい親だと恨んでいるからでしょうか? それとも、こんな父の子だと世間に知られるのは恥だ、と思っているのでしょうか? どちらにしても、面目のないことで……。地券は、いただくわけにはまいりません」
「ですが――」
「別宅があったなら、それもそちらへ差し上げたいくらいです。この齢まで永らえたのも、再び娘の顔を見よ、という神仏の思し召しでありましょう。嬉しや……!」
老中納言、涙にむせびます。
※忠頼――自分から本名を名乗って、恭順の意を示し、衛門督との距離を縮めたいという思惑があるようです。
●老中納言、報復の背景を知る
道頼は几帳の方へちょっと顔を向けます。
「こちらにいるこの人は、私との結婚当初から、中納言殿のことを気遣っていたんです。いつお亡くなりになるかわからないと不安がって、会えずにいることを嘆いていました。ですが、私にはある考えがあって、この人には待ってもらっていたんです」
「――?」
「私は、この人が寝殿の西の端っこにある部屋に住んでいたときから、人目を忍んで通っておりました。よく憶えておりますよ。中納言殿の北の方のご気性たるや、恐ろしいほどに冷酷で、この人を侍女よりもさらに身分の低い者であるかのように叱りつけておいででした。中納言殿も、この人をほかの女君たちより粗略に扱っておいででしたよね」
「そ、それは……」
「この人を臭い部屋に閉じ込めて、北の方が典薬助を近づけるのを黙認なさいましたよね」
「典薬助の一件は――」
「おぞましく、不愉快でした。私こそが、この道頼※こそが、あのときの恨みをどうしても忘れることができずにいたのです。清水寺でも賀茂祭りのときも、あそこに中納言殿のお車が、と従者が言うのを聞いただけで、私は条件反射的に反応してしまい、ひどいことをしてしまいました」
「…………」
「この人は、父親である中納言殿には、ほかのきょうだいと同じように接してもらえずにいたというのに、中納言殿に再会するのを切望していたのです。父上にお会いしたい、父上にお会いしたい、と。この人と中納言殿との絆はそこまで深いのか、と思い至りました。私が愚かだったようです。今は、この私も、なんとしても中納言殿にご奉仕したいと思っております。幼い子供たちも成長していきますので、会っていただきたいと思い、お越しいただいたのです」
老中納言は恥じ入って、しばらくは、言葉もありません。
「子供たちを分け隔てしたつもりはないのですが……生みの親がそばにいる子は、何事につけてもその母親が『この子を先に』と申します。私も、つい、言うなりになってしまい、あの子には気の毒なこともあったかもしれません。典薬助の一件は、まったくもって、けしからん話です。あんな奴に誰が結婚を許しましょう。部屋に閉じ込めたのは……あの子が親の面目をつぶすようなことをしたと聞きましたので。あのときは、忌々しい、情けない、と思いましたもので。――何はともあれ、孫の若君たち※を拝見したい。どちらにおいでかな?」
道頼は北の方(姫君)の前に立てておいた几帳を押しのけます。
「こちらへ出ていらっしゃい。中納言殿と対面なさい」
北の方(姫君)は、はにかみながら、膝をついてにじり出てきます。
※この道頼――道頼も、ここで本名を口にします。親密な雰囲気を醸成したい老中納言に合わせたのですね。老中納言を岳父と認めたわけです。また、報復は姫君が意図したものではない、自分の考えによるものだ、と強調したかったのだと思われます。ところで、道頼の名前は、この場面が初出です。
※孫の若君たち――老中納言は、先ずは落窪の君に会いたい、と言ってしかるべきなのに、孫の顔を見たいと言うのです。道頼は几帳を押しのけて北の方(姫君)の姿を見せます。二人の行動がくいちがうのですが、作者のミスでないとすると、やはり、老中納言はダメ親父としか言いようがありませんね。




