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なんちゃって落窪物語  作者: fukuneko
巻三
78/105

ブーメラン

●謎がとけて


 越前守は帰宅して、寝殿(本殿)の母屋へ直行します。

「返してもらえたか? こちらの家財道具を」

 憔悴しきった老中納言が、どんよりした眼差しを向けてきます。

「唐櫃も櫛箱も、全部取り返してきたんでしょうねっ!」

 母北の方はいきりたっています。


「荷は、返していただきました。全て、きちんと」

 越前守は落ち着いて話をします。落窪の君が衛門督の北の方であることはすぐには言わず、枝に付いた包みを母親に渡します。


「何なの、これは?」

「衛門督殿の北の方から母上に、と。こつづかってまいりました」

「ふんっ! 衛門督! 北の方! びっくり箱か何かじゃないのかえ? 包みを開けたら、アマガエルでも飛びだすんだろうよ」

「ばかばかしい。母上がお持ちだった物だそうですよ。それをお返しくださったのだとか」

「私が持っていた物? 心当たりがないけれど」

 

 母北の方が包みを開けているのを眺めながら、越前守は父中納言に、衛門督からの伝言を伝えます。


「今度の一件のこと、詫びてくださる、と? あちらに出向けば、詳しい事情を説明してくださるのだな?」

「そう仰せでした。父上、すぐにも衛門督殿をお訪ねしましょう」


 包みを開けて中身を目にした北の方は動揺しています。かつて自分が持っていた鏡の箱なのです。

 これは落窪に与えた物ではないか。それが、なぜ衛門督の北の方の手に渡ったのだろう?

 箱の底の敷物に書かれた和歌を見て、北の方は、ドキッとします。これは――落窪の筆跡。

 北の方は、目を大きく見開いたまま、口もぽかんと開けたまま、フリーズしてしまいます(目も口もはだかりぬ)。


「母上、どうなされました?」

「おちくぼ……落窪の君が……」

「落窪の君? あの子がどうした?」

 老中納言も鏡の箱をのぞきこみます。


 と、北の方が身をよじり、喚きます。

「あああっ! なんてことなのっ! 落窪の君ですわ! あれが、今や、衛門督の北の方なんですのよっ! ありえないっ! ないないないっ! いいいいいっ! Ψ▲Σ#Ж▲◇ЖΔ#!!!」


 これ以上忌々しい話があるだろうか? 北の方は顔を真っ赤にして、ひょっとすると噴火するんじゃないか、ってな形相になっています。屋敷中が揺れ動かんばかりに騒ぎ、吠えます(一殿ひととのの内、揺すり満ちてののしる)。


 老中納言も敷物に書かれた和歌を読みます。もごもご口を動かして、十遍ほど繰り返して読むうちに、目には涙があふれてきます。


「あの子か。落窪の君なのか。三条殿を奪われて悔しいと思っていたが、あの子がしたことであるなら……。これまでに受けた辱めのいくたりかなど、もうどうでもよい。忘れてしもうたわい。衛門督殿の北の方とは、大したものだ。この子だけは、こんな大きな運にめぐまれていたとは。なぜ、あのように邪険に扱ってしまったのだろう。三条殿はあの子の母親が所有していたもの。あの子が自分のものにして、当然のことよ」


 娘を通じて、衛門督という権勢家と縁戚になったと知るや、光速で心を入れ替えてしまう老中納言なのでした。



●越前守、驚愕の事実を知る


 夫の老中納言の掌返しが、北の方のヒステリカルパニックにさらなる燃料を投下してしまいます。胃の腑の底から忌々しさがハバネロエキスにまみれてせりあがってきて、北の方は逆上します(かかれば、北の方、ねたくいみじくて、けしき我にもあらで)。


「なら、あの三条殿は落窪にくれてやりましょう! でも、庭木は別。渡してなるものですか! 松も桜も梅も、橘も柏も栴檀せんだんも、ピエールドゥロンサールもフランソワジュランヴィルも! 大株を植えて、ここ何年も育ててきたものを。あんなに財もかけたではありませんか。庭木は取り戻していただきます。庭木を売って、別の屋敷を買うのです」


 ここ何年も? 二年たらずのはずですが。庭木を売って別の屋敷を買う、ってのも無理っぽいですよね。確かに、逆上しているようです。


 越前守は母親のヒステリーに辟易します。

「どうして、そんなふうにおっしゃるのです? 落窪の君を赤の他人のように遠ざけなさるおつもりですか? 残念ながら、我が一族には、世間で一目置かれるというほどの人物はおりません。私などは、誰とすれちがっても、『面白の駒はどうなさっておいでかな』などとからかわれて、きまりの悪い思いをしているのですよ。それが、これからは、世間での信望も厚い衛門督殿と縁続きになるのですよ。心強いことです」


 そこへ、母親の大音声だいおんじょうを聞きつけてやってきた大夫たいふ(五位の通称、成長した三郎君)が割って入ります。

「三条殿の庭木をさしあげるくらい、何だというんです? 衛門督殿の北の方に、母上は何をなさいました? ひどく虐めておいででしたよね!」


 越前守には初耳の話です。

「何だって? どんなふうに虐めなさったんだ、母上は?」

「それはそれは、ひどいものでした。姫君はどれほどお辛い思いをされたことか」


 大夫(三郎君)は兄に、過去の事実を詳細に語って(片端よりつぶつぶと語りて)、

「あこぎだって今も腹に据えかねているはずです。昔のあれこれを思い出しては、三条殿の方々に話していることでしょう。衛門督殿の北の方にもあこぎにも、恥ずかしくて、二度と顔向けなどできませんよ、私は」


 越前守は、ぶちっぶちっと爪弾きをして、

「なんたること! 私は任国にいて、知りませんでした。母上、呆れるばかりのことをなさったものですね。衛門督殿は、恨みを晴らすために、我々に恥をかかせなさったのです。報復ですよ。衛門督殿が我々のことをどう思っておいでかと想像すると……いたたまれません。この先、あのお方と全くおつきあいをしない、というわけにはいかないでしょうに」

 越前守は、なまゴーヤのすりおろしをセンブリ茶で飲み下したような顔つきになっています。


 北の方は、古い鏡の箱を横へ押しやって、

「うるさいねぇ! 今さら取り返しのつくことでもないんだから、もう責めないでおくれ。継子ってのは、どうしてもかわいく思えない、というか、憎たらしいものなんだよ」


 室内、急に、しーんと静かになります。

 老中納言は利己的な悔悟のゆえに。

 越前守と大夫の兄弟は、母親の開き直りに唖然茫然のゆえに。

 北の方は、古ぼけた鏡の箱というブーメランの直撃をくらったせいで起きた、一過性の脳震盪のうしんとうのゆえに。――あくまでも、一過性です。



●侍女たち、浮足立つ


 母屋で家族どうしがああだこうだ言っているのを、そばに控えて聞いていた侍女たちも、状況のあらましを理解します。

 落窪の君が衛門督殿の北の方! 

 そして、女童だったあこぎさんも三条殿にいるらしい!


 侍女たちは、座を離れようとする越前守に声をかけます。

「あこぎさんが三条殿にいらっしゃるというあのお話、本当ですの?」

「ああ。少納言もいた。侍従の君もね」

「まあ、少納言さんに侍従の君までも!」

「あこぎは今は衛門と呼ばれていてね。立派な女房になっているよ。装束など、すばらしいものだった」


 その晩、侍女たちは一つの曹司に何人も集まって、ひそひそと語りあいます。

「私たち、どうして出遅れちゃったの?」

「衛門督邸の求人なんて、知ってた? 一般求人は無かったのかしら? ヘッドハントかしら?」

「こちらの中納言殿は……ここだけの話……だいぶ、耄碌なさっておいでよねぇ。このお屋敷って、はっきり言って、泥船?」

「ちょっと、それは言いすぎじゃない?」

「ああ、それにしても、あこぎさん、少納言さん、侍従の君、うらやましいわ~」

「今からでも履歴書、送らない? 衛門督邸へ」

「送る、送る、もちろん!」

「衛門督殿の北の方は、落窪の君ですって」

「落窪の君。心やさしいお方だったわ。昔の縁を無視なさったり、なさらないわよね。私たちも召し抱えてくださるわよね」

「くださるわよ。きっと」

「なんだか、光が見えてきた、って感じ♪」



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