三条殿バトル②
●父右大臣、道頼に問いただす
その午後、内裏を退出した道頼が、実家の右大臣邸へ立ち寄ります。早速、右大臣が道頼を自室へ呼びます。
「今朝、中納言殿がお見えになった。三条にある中納言殿の屋敷の件でな。そなたと領有権で揉めているとか。事実なのか? 事実ならば、どういうわけでそんなことになっておるのだ?」
「揉めたというのは、事実です。三条のそこは、ここ何年か、私が移り住む計画を立てていた屋敷なんです。修繕の必要のある箇所を手入れさせようと、人を遣ったところ、あの中納言殿が急に引っ越しておいでになると、わかったんです。不可解な話です。事実かどうか確かめるために、三条へ従者たちを向かわせました。今朝のことです」
「不可解とは、中納言殿も訴えていたぞ。その三条だが、そなたは、いつそんな屋敷を手に入れたのだ? 地券はあるのか? 誰かから譲られたのか?」
「二条殿に住むあの人――私の妻の持ち家です。三条殿は、彼女の母方の祖父である宮(親王)の邸宅だったのです。それを彼女が伝領したのですよ。あの中納言殿は耄碌なさっていて、彼女の継母である北の方の言うなりになっておいでです。実の父親でありながら、宮家の血を引くあの人を冷酷に扱って※おいででした。誰が三条殿を中納言殿に渡すものですか。ええ、地券はこちらでちゃんと確保してあります。地券も無いのに屋敷を建てて、自分にこそ領有権ありと主張するのは、頭悪過ぎだろ、としか言いようがありません」
「ふむ……そういうことであったのか。私が口出しすべき案件ではなさそうだな。中納言殿に、さっさとその地券をお見せすればよいではないか」
「はい。そのようにいたします」
涼しい顔で言って、道頼は実家から二条殿へ帰ります。
明日はいよいよ引っ越し当日です。明日の前駆を担当する人々を招集したり、侍女たちが乗る出だし車※の用意を命じたりする衛門督道頼なのでした。
※彼女の継母~~冷酷に扱って――この段の親子の会話を読むかぎり、右大臣が、二条殿に住む嫁が老中納言の娘だと知っていることが前提になっている、と考えざるを得ませんね。けれど、右大臣が老中納言と面会したとき、それを思わせるやりとりは皆無でした。――ま、いっか。
※出だし車――貴族の「お出かけ」は、それだけでページェントです。引っ越しも、牛車を何台も連ねるパレードとなります。牛車に乗る侍女たちの美しい衣の袖を、車の簾の外へはみ出させて、行列を目撃する人々に華麗さを印象づけるのが、出だし車です。道頼は、必要なだけの新車が揃っているか、侍女たちの晴れ着は揃っているか、四人ずつ乗る組み合わせは決まっているか、などを確認したのでしょう。
●越前守、右大臣邸へ参上する
さて、引っ越し当日の朝です。
道頼たちはさぞ慌ただしく支度しているだろう、と想像する読者の方もいらっしゃるかもしれませんが、平安人はのんびりしています。そして、基本的に夜型です。何事も、始めるのは日が暮れてから。道頼たちは、まだ二条殿でブランチなど楽しんでいるのです。余裕ですね。
一方、余裕無し、なのが老中納言です。嘆きつつ、夜を明かしたのでした。朝イチで、長男の越前守を右大臣邸へ参上させます。
越前守は、右大臣の御前に出て緊張しつつも、なんとか父親の伝言を伝えます。
「中納言本人が参るべきところですが、昨夜、体調を崩しまして。若輩の私が、名代として参上させていただきました。父がお伺いもうしあげた件ですが、どうなりましたでしょう?」
右大臣は御簾内で脇息にもたれています。
「うむ。衛門督は地券を有している、ということだ。詳しいことは、衛門督に直接会って、聞くがよい。私には判断がつかぬ。衛門督は、地券も無いのに不動産を領有しようというほうがおかしい、と言っていたが」
「は……さようでございますか」
「とにかく、衛門督のところへ行って確かめるのが早道と思われるぞ」
●越前守、二条殿へ出向いて交渉する
というわけで――。
越前守は、今度は二条殿へ出向きます。
案内されたのは、対の屋の簀子(廂の手前の廊下)のあたりでしょうか。受領が公卿を訪ねたのですから、畏まらざるを得ません。姿勢を正して待っていると、衛門督が奥から出てきて、御簾のそばに胡坐をかきます。
――!
越前守は目をぱくちりさせてしまいます。
道頼は、直衣だけ身に着けて、指貫を穿いていないのです。えらく、くつろいだ格好です。越前守など客人扱いしてないもんね~、という意思表明ですね。越前守は、当然ながら、出端をくじかれたかたちです。
「いや、今日は暑いなぁ」
などと言いながら、道頼は直衣の裾をさらに絡げようとさえします。艶めいた黒いシルクのビキニパンツをちら見せしてきます。どやっ? という、その眼差しには色気がありすぎて、同性である越前守もどぎまぎしてしまいます。まいったな。この交渉、やりにくいぞ……。
御簾の奥には、北の方(姫君)や衛門や少納言もいるのですが、簾越しに越前守を認めて、互いに顔を見合わせ、ちょっとそわそわしています。
北の方(姫君)は、『太郎君……お懐かしいこと! 声をおかけしたいけれど、今は無理のようだわ』と思います。
衛門と少納言は、笑いながら小声で語らいます。
「かつては、太郎君も怖いお方と感じていたものだけど」
「ご機嫌を損じてはならじと、気を遣ったものよねぇ」
御簾の外では――
「右大臣殿に伺ったところ、衛門督殿が地券をお持ちとのことでした。確認させていただいたうえで、事の決着をつけさせていただきたく存じます。当方としましては、あの三条の屋敷は衛門督殿が長年ご所有のものと、少しでも聞き及んでおりましたならば、何も申しあげることはなかったのでございます。三条の屋敷の築造には、二年ほどかけております。その間、何のご連絡もいただかず、今になって妨害を受けるのですから、父も嘆かずにはおられません」
子供の使いではないのですよ、と言いたげな越前守です。
道頼は、脛をぽりぽりと掻いて、胡坐を組み直し、ついでに黒ビキニをまたチラッと見せて、
「地券はこちらにある。ずっと以前から。家というものは、地券を持っている者が所有者だ。違うかな? 三条殿については、こちらも呑気に構えていて、当家の領有する屋敷である旨を、特に告知はしてこなかった。中納言殿ご一家が引っ越してこられる直前になって、おかしなことが起きていると、はじめて気づいたのだ。――中納言殿は地券はお持ちかな?」
そこへ、御簾の奥から、三歳くらいの色白でかわいらしい男の子が現れます。
「ちちうえ」
道頼は男の子を膝に抱いて、あやします。
「あとで、かき氷、食べようか?」
男の子は、にっこり微笑んで、うなずきます。
「こおり、かき、かき」
越前守、へこみます。
こっちは重要な話をしているというにのに……。
だんだん腹立たしくもなってきます。――が、なんとか堪えます。越前守は、あのダメ親父と鬼ババの息子にしては、愚かでも短気でもなく、できた人物のようです。
「地券はどこかにあるはず、と父は捜しております。まだ見つけるに至っておりませんが。ひょっとして、衛門督殿は、お手元の地券を誰かからお買いになったのではありませんか?」
「いいや。誰かが盗んだものを買い取った、と言いたいのかな?」
「まあ……そういうことです。その疑いが拭えません。もし、そうであるならば、三条殿の正当な領有権は――」
「盗まれた地券を買ったのでは、ない。私以外に、三条殿の正当な領有者はいない。私がそう明言するには確たる根拠があるのだと察して、この件は断念されるがよかろう。――中納言殿には、近いうちに私自身が地券をお見せいたします、とお伝えいただきたい。では、失礼する」
衛門督は、子供を抱いて御簾の奥へ入っていってしまいます。
今日はこれ以上粘っても無駄か……。越前守は二条殿を辞するほかないのでした。帰ったら、かき氷、むちゃ食いしてやる!




