三条殿バトル①
●道頼、家司たちを動かす
老中納言が引っ越しに向けてどのように動いているかは、中納言邸から移ってきた女房たちの情報ネットワークなどから詳細に知ることができます。また、道頼は、童を二人ばかり、三条殿の見張りに立ててもいました。童の一人が戻ってきて、報告します。
「引っ越しはいよいよ明日ということで、三条殿には中納言邸の家財が次々に運びこまれています。簾もあちこちに掛けられて。侍女たちの持ち物まで運ばれてきたようですよ」
それを聞いて、道頼は家司以下の郎党に招集をかけます。家司の但馬守、下野守※、政所の別当※である衛門佐、それに、マッチョな雑色ばかりを選んで数十人を呼び集めたのです。
「詳しい説明は省くが、三条殿という邸宅を所有している。いずれそこに移り住もうと予定していたんだが、妙なことになった。源中納言が、どういうわけかわからないが、そこをご自分のもののようにして、屋敷を築造されていると聞いた。いくらなんでも、そのうちにあちらからご連絡があるはず、と思っていたんだ。事情をご説明いただけるものと。こちらからは何も言わずにいたんだが、中納言殿ご一家は、明日、引っ越してこられるのだという」
「いささか、解せぬ話でございますな」
「解せぬ。いや、ざけんなよ、と言いたい。そなたたち、三条殿へ出向いてくれ。当方で領有しているはずの邸宅に、説明も無しに引っ越してくるとは、どういうことなのか、と言え。向こうが運びこんだ家財道具諸々、差し押さえろ」
「はっ!」
「明日――私も三条殿へ引っ越す」
「は?」
「引っ越す」
「はっ!」
「そなたたち、雑色所(雑色の詰所)など設けて、居座ってしまえ」
「承知仕りましたっ!」
※家司の但馬守、下野守――但馬も下野も豊かで実入りのいい上国です。守はその国主で、四位か五位です。家司は、親王家および三位以上の貴族家のマネジメントを務める者。頭脳派で、なおかつ武闘派でないと務まりません。藤原兼家・道長親子を経済的に支えた源満仲・頼光親子が有名ですね。
※政所の別当――政所は、親王家および三位以上の貴族の家政(荘園からの収入の管理など)を担当する組織。別当はそのトップです。別当の人事は家司が握っていたと思われます。
●家司たち、三条殿へ乗り込む
道頼の家司たちが三条殿に乗りこんでみると、邸宅は立派で、南庭にはきれいに白砂が敷かれているのでした。御簾掛けもほぼ終わっているようです。
「ほう? 豪勢なものだな。だが、誰の許しを得て、こうした設えをしているのだ?」
「とんでもない勘違いをなさっておいでのお方が、いらっしゃるようだな」
「まったく、解せぬことなり」
「解せぬことなり!」
道頼の家司たちが野太い声を発しつつ、どやどやと押しかけてきます。老中納言家の人々は驚き、慌てます。
「ど、どちらの方々かな?」
「但馬守なり」
「下野守なり」
「われらは衛門督殿の家の子なるぞ!」
「衛門督殿!?」
「この邸宅は衛門督殿が領有されるべきもの。中納言殿は、何ゆえ、ご連絡もなくこちらへ移ってまいられようとなさるのか。衛門督殿が、引っ越し作業は中断していただくように、とおっしゃっておいでだ」
「そ、そんな――」
「問答無用!」
なにしろ、道頼の家司たちは、マッチョな雑色を何十人も引き連れてやってきたのです。やりたい放題です。
「とりあえず、車宿りが雑色所だ」
「政所は東の対の孫廂にでも」
「簾は今は不要だ。巻きあげてしまえ」
「そこの唐櫃、邪魔だな。北廂へ片づけろ」
「誰か、東の市までひとっ走りして、肉と酒を仕入れてこい! 今宵は庭でバーベキューだ!」
「バーベキュー! いいっすね!」
●老中納言、右大臣に相談する
三条殿から追い出された中納言家の人々は、大急ぎで中納言邸へ戻って、この顛末を主に知らせます。
老中納言は困惑します。
「ひどい話だ。あの屋敷は、地券は手元にはないが、私の娘が所有していたものだ。今は、私以外の誰に所有権があるというのだ。娘が生きているというなら、そんなことも起きよう、と思っただろうが。わけがわからん。この件は、衛門督殿と正面からやりあう筋のものではないな。衛門督殿の父君の右大臣殿にご相談しよう」
中納言が右大臣に面会を申し入れるのですから、もちろん、礼装で出向かなくてはなりません。老中納言は、このところ内裏への出仕も怠りがちで、ジャージ姿で生活するのに慣れきっていましたので、久々の身支度に大汗をかいてしまいます。
「真夏の礼服は……暑いな」
ぼやきながら、とにもかくにも、車で右大臣邸へ向かいます。右大臣邸では、かき氷の一杯くらい、ふるまってくれるかも、などと期待しつつ。
さて、右大臣邸では――
「右大臣殿のお考えをお伺いいたしたく、参ったのでございます」
「どういうことでしょう?」
「三条に古い屋敷がありまして。長年、私が所有しておりましたが、ここ数か月ほどかけて、修繕※させました。なけなしの財を注ぎこみまして、ですね。はあ~」
老中納言はため息をつきます。
「明日、引っ越す予定で、従者たちが家財道具などを運び入れておりましたのです。ところが、衛門督殿の家司と申されるお方がおいでになり、当方の引っ越し準備を妨害なさったのです」
「妨害?」
「はい。『ここは衛門督殿が領有なさるはずのもの。何の申し入れも無く移り住むことはできぬ。衛門督殿も明日、引っ越しておいでになる』と言って、居座ってしまったのです。はあ~。まったく、不可解にございます。衛門督殿は地券をお持ちなのでしょうか?」
老中納言は説明の途中で何度も、はあ~、と深くため息をつきました。右大臣はそれを見て、よほど困惑しているらしい、と察します。――察しますが、判断材料もないので、中立の立場をとるほかありません。
「お話を伺ったかぎりでは、衛門督が道理に背いているようではありますが、あれにも言い分があるのかもしれません。衛門督に事情を聞いてみましょう」
「ありがとうございます。――それで?」
「それで? それだけです、今日のところは。何の情報も持ち合わせておりませんので、私は」
右大臣、そっけなく言って、面会を終わらせます。
かき氷、出ませんでした。
老中納言は、がっくり、肩を落とします。
右大臣殿にご相談もうしあげたが、同情されるでもなかったな。財も時間もかけて建てた三条殿だが、こんな目に遭って、ただ世間の笑い者になるだけなのだろうか……?
※ここ数か月ほどかけて、修繕――本当は二年ほどかけて全面改築したのですが、右大臣には控えめに言った、と解釈すべきでしょうか。中納言ふぜいが、参内も怠っているくせに蓄財して、邸宅を新造した、と受け取られるのを避けるためかもしれません。




