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なんちゃって落窪物語  作者: fukuneko
巻二
70/105

賀茂祭りバトル②

●典薬助、しゃしゃり出る


 老中納言家の従者たちで、移動させられた牛車二輛のそばに居残っている者たちは、口々にぼやきます。

「また無駄なことしちまったな。自分たちのほうから、さっさと車をどかしておけば、よかったんだ」

「へたに言い返さないほうがいいよな、今は」


 そこへしゃしゃり出たのが、誰あろう、あの頭のいかれた典薬助です。この爺さんも、この日の供人だったのです。

「向こうの思いどおりにさせてなるものか!」

 ぐい、と一歩前へ出たかと思うと、そのまま、すたすたと騎馬の左衛門尉(惟成)に近づきます。


「待たれい! こんな仕打ちを受けるいわれはないぞよ! そちらが杭を打ったところに当方が駐車したならともかく、向かい側に停めた車を強引にどかせるとは何事ぞ! 後のことを考えて行動するがよいわ! 次はこっちも容赦せんぞ!」


 ありゃりゃ。どうしてこんなに勇ましいんでしょう? 今日もまた、あやしげな強壮剤を服んできちゃったのかもしれません。


 この爺さん、典薬助ではないか?

 左衛門尉は気づいて、内心、にやりと笑ってしまいます。

 ちょうどいい。この数年のあいだ、この爺さんに会ってみたいと思っていたところだ。 


 車の御簾越しに眺めていた道頼も、左衛門尉に文句をつけはじめた老人が典薬助だと、直感します。車のなかから指示を飛ばします。

「惟成! その爺さんに、いつまでしゃべらせておくのだ?」


 今、黙らせるところです、と左衛門尉は心得て、とっくにリミッターが振れ切れちゃってる血気盛んな雑色たちに目くばせします。


 ばばばばばっ!

 あっというまに、衛門督側の雑色たちが典薬助を取り囲んでしまいます。


「爺さんよぉ、何言ってくれちゃってるの」

「後のことを考えて行動するがよい、だとぉ?」

「衛門督殿にどんな手出しをするつもりだ? 言ってみろ、っつーの」

「言わないなら、こうしてくれるわ!」


 パシッ!

 雑色の一人が、長扇※で典薬助の冠を叩き落とします。


 典薬助の貧弱なもとどりが露わになってしまいました。額は禿げ上がっていて、テカテカ光っています。

「あわわわわ! な、何をする!」

 典薬助は袖で頭を隠します。


 衛門督側の人々だけでなく、祭り見物の老若男女が、どっと笑い弾けます。

「きゃあ」

「きゃははっ」

「見ろよ、あれ」

 この時代、人前で冠や烏帽子無しの頭をさらすのは、かなり無様ぶざまなことでした。


 典薬助は、慌てて、よその邸宅の門内へ入ろうとします。

 が、逃げ遅れてしまいます。

 わっ、とばかりに、衛門督側の雑色たちが典薬助を取り囲み、順に足蹴にするのでした。


「後のことを考えろ、だと?」

「次は容赦しない、だと?」

「報復? 上等よ。どんな報復を考えてんだ? どんな報復を」

 雑色たちは思う存分、典薬助を痛めつけます。


「よせ、よせ」

 車のなかから道頼が空々しく制止します(君、「まなまな」と空制止をし給ふ)。

 

 雑色たちは、さらに何度も典薬助を踏みつけにしたあと、牛車※の屋形の上に、引っかけるように載せてしまいます。

 老中納言家の従者たちは恐れおののいて、車に近づくこともできません。


 けっきょく、虫の息の典薬助を載せた牛車は、衛門督側の雑色たちにどこかの小路へ引っ張っていかれて、道のまんなかに放置されてしまいます。その段になってようやく、老中納言家の従者たちは牛車のながえを引き起こす※のでした。

「ひどいことになった……」

「みっともない話だぜ……」 

「情けない……」


※長扇――具体的にどのような物か、未詳です


※牛車――檳榔毛の車と網代車の二輛のうち、檳榔毛の車のほうと思われます。次の段ではっきりします。


※轅を引き起こす――衛門督側の雑色たちは、牛を車から離して、人力で車を小路へ引っ張っていってしまった、と考えられます。かなり、無茶しますね。雑色たちはこの車に、ほかにも細工をしたようです。



●災難つづき

 

 小路に放置された牛車に乗っていたのは、鬼ババ継母=老中納言の北の方と、姫君たち(おそらくは、三の君と四の君)でした。

 車の外で男たちが言い争いを始めたかと思うと、車が移動させられ、さらには一条大路から小路へと引き回されるあいだ、車中で息を殺していたのです。


「もう、いや!」

「祭り見物なんかしたくもありませんわ。早く帰りとうございます」

「ええ、ええ。早く帰りましょう。――車をお出し! 早く!」

 北の方が金切り声で命じると、牛飼童は大慌てで轅に牛を懸けます。


「とっとと行くっちゃ! そうれっ!」

 童は牛を打ってき立てます。


「牛にもっと速く引かせなさい! もっと速く!」

 北の方の金切り声が止みません。

「そうれっ! そうれっ!」

 牛も速歩なら、従者たちも走りに走ります。オリンピックマラソンの新記録だって樹立できそうです。

「そうれっ! そうれっ!」

 牛車は快調に帰路を進み――


 ズズッ!

 バッコーン!


「きゃあっ!」

「ひいいっ!」

「ギャーッ!!!」


 一瞬、その場の全員が、唖然茫然。

 牛車の屋形が、牛車の本体シャーシーから路上に落下しているではありませんか!

 

「あ、ありえねぇ……」

 牛飼童は目をまん丸くして、棒立ちです。

 従者たちはおろおろしています。

「見ろよ。とこ縛りが切られちまってる」

「さっきの連中の仕業だな」

 衛門督の雑色たちが、あの言い争いの最中にこっそり、床縛り(屋形と車本体を繋ぐ縄)をぷつんぷつんと切っておいたのでした。


「痛っ……いたたたっ!」

 見ると、鬼ババ北の方が、野球の塁に頭からスライディングタッチする格好で、路上に投げ出されています。屋形から転げ落ちたのです。同乗の娘たちは、辛うじて、そこまでの難は免れたようです。


「あんれ、まあ。祭り見物に来て、こんなに面白いものも見物できるとは」

「あっははは~。こりゃ傑作だわい」

「どこの奥方かいのぉ? だいぶ、バアさんじゃのぉ」

 わらわらと、物見高い野次馬連中が集まってきちゃいます。


 従者たちは、倒れ伏している北の方に駆け寄るという知恵さえはたらかず、途方に暮れるばかりです。

「今日はお出かけなさってはまずい日だったんだろうか。上さま(北の方)のお忌日だったんだろうか……」

「一生分の恥をおかきになるとは、なぁ……」

 衝撃の事態に、ただの傍観者になっちゃってますね。


 路上に落ちた屋形のなかでは、姫君たちがしくしく泣いています。外に転げ落ちた母親を心配しています。


 北の方は、娘たちを車の口に乗せ、自分はしりに乗っていたので、屋形が本体から落下したとき、路上に投げ出されていちばん痛い目に遭ったのでした。牛車の車軸は、地上からかなりの高さに位置しています。檳榔毛の車は網代車などよりやや大型で、そのぶん車高も高いのです。北の方は肘をしたたか打ちつけたようです。


「痛い、痛い」

 おいおい泣きながら、北の方は這うようにして屋形へ乗りこみます。娘たちと、ひし、と抱き合います。

「何の報いで、こんな目に遭うんだろう。何で! 何でなのっ!」

「母上、落ち着いてくださいませ」

「何の報いでっ! ああ、痛い! 痛い!」

「母上……お静かになさってください」

「野次馬が集まっていますのよ」

「い~~た~~い~~~っ!!!」

 姫君たちは母親に殺意を抱いたことでしょう。

 

 その時ようやく、一度はとんずらを決めこんだ前駆たちが戻ってきます。牛車の行方がわからなくなってしまい、捜していたようです。

 リーダー格の者が指示を出します。

「屋形を担いで車軸に載せろ」


 居合わせた誰もが、姫君がたが乗ったままでは無理じゃね?と思ったにちがいないのですが、無理だろうが不可能だろうが、高貴な女性たちは屋形からは出ません。出ませんとも! キリッ!


 とにもかくにも、屋形引き上げ作業が始まりますが、野次馬が囃し立てるので、前駆の人々も恥ずかしくていたたまれません。てきぱきとは作業が進みません。

 それでもなんとか、屋形はあるべき位置に戻されます。出発、進行、です。


「そうれっ」

 牛飼童が牛を打つと、健気な牛は、またも頼もしい足取りで前進します。

「そうれっ」

 一路、中納言邸を目指して――

「ちょっと! 屋形が揺れるじゃないのっ! また落下なんて、許しませんよっ!」


 北の方がいちいち騒ぐので、まったり運転に切り替える従者たちでした。

 やってらんねぇぜ~~~~!

 早く帰って、一杯やりて~~~!


 ところで、典薬助はどうなっちゃったんでしょうね?

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