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なんちゃって落窪物語  作者: fukuneko
巻二
65/105

ベビーができたみたい

●姫君、身籠る


 縁談騒動が一段落したある日のこと。

 道頼は内裏から二条殿へ帰り、姫君(北の方)と夕餉を共にします。北の方は食がすすまないようです。てんこ盛りのご飯(平安時代はてんこ盛りが基本です)も、雉肉のローストも口にしません。大根サラダは食べているようですが。


「ダイエットでもしてるの?」

「え……? あ、いいえ」

「大根サラダの柚子ドレッシングえばっかり食べてるじゃない」

「酸っぱくてさっぱりしたものが、今は口に合いますの」

「そうなの? じゃ、私の大根もあげるよ」

「では、お言葉に甘えて」

「その雉肉、食べないなら、私がもらってもいい?」

「どーぞ」

 姫君は二人前の大根サラダをあっというまに平らげます。


 そばに控えてこのやりとりを聞いていた衛門は、いらいらします。姫君の体調変化には、とっくに気づいていたのです。北の方は、まだ確信が持てないのだと言うのですが。

 

 衛門は道頼に目くばせして、いっしょうけんめい、身振りでサインを送ります。弓に矢をつがえて引く真似をしたのです。

 道頼は、はてな、と思います。

「え? 何? 弓? 弓がどうしたの?」

「弓じゃなくて。飛んでくほう」

「矢?」

「ピンポン」

「矢がどうした?」

「矢が二本」

「うん?」

「矢、矢」

「や? や?」

 焦れってー! いいかげん、気づけよ!

「やや、でございますよっ」


 道頼は大きく目を見開きます。姫君をぐっと抱き寄せ、

「ほんとに、ほんと? あなたと私のベビー?」

 姫君は頬を染め、うなずきます。

「の、ようですわ」

 衛門と、給仕していたほかの侍女たちは、そーっと座を外します。


 その日からというもの、道頼は姫君を、これまで以上に大切にするのでした。溺愛度が加速度的にアップしていきます。



●賀茂祭りへの誘い


 四月。

 左大将の北の方=中将道頼の母親が、賀茂祭りの見物に出かけるプランを立てています。姫宮(内親王、道頼の姪)と中の君(道頼の妹)を連れていくことは決めてあります。

 

 朝、道頼が実家である左大将邸で参内の支度をしているところへ、母親がやってきます。

「二条殿の北の方に、お祭りの行列を見せてさしあげてはいかがかしら。若い人は、賑やかなイベントの見物とか、したいものでしょう? 北の方には、私もまだお会いしていないのが気になっているし。この機会にぜひ、と思って。どうかしら?」


「そういうお誘いは大歓迎ですよ。嬉しいですね。あの人は、どういうわけなのか、お出かけとか見物とか、関心がないようなんですが。でも、勧めてみますよ。私もいっしょに参上します」


 その晩のこと――。

 道頼は姫君にこの話をします。

「母上がね、いっしょに賀茂祭りの行列を見物したいとおっしゃっているんだけど」

「ありがたいお誘いですけれど、胃がむかむかしますし、体もこんなふうで見苦しいですわ。この姿を人目にさらすのは、ちょっと……」

 

 道頼は笑って、

「よその人が見るわけじゃないでしょ。母上と中の君に見られたって、いいじゃない。身内なんだもの。ね、出かけようよ。私といっしょに」

「中将殿にお任せしますわ」

「じゃ、決まりね」


 姫君には、道頼の母親から文も届きます。

『ぜひ、お出でなさいませ。賀茂祭りのすばらしいお行列を、今年はどうしてもいっしょに見物したいと思っておりますのよ』


 義母からの短い文を、姫君は何度も読み返します。こんなふうにお誘いいただくのは、やはり、とてもありがたいこと。

 中納言の北の方が、石山詣での折に、自分だけを除けものにしたことを思い出さないわけにはいきません。あのときの寂しさが胸によみがえり、つかのま、涙してしまう姫君なのでした。



●衛門と少納言、感激する


 賀茂祭りの行列を見物するために、平安京の貴族たちは専用の桟敷を設営したのですが、この物語の左大将家も、桟敷には贅を尽くします。一条大路に、檜皮ひわだ葺きのちょっとした館を建て、前庭に見立てた空間に砂子を敷き、前栽を配置します。必要な家具も運び入れます。滞在型の桟敷というわけです。


 檜皮葺きの本建築を桟敷にするのはいいとして、砂子や前栽となると、現代人の感覚では理解不能なところがありますね。いや、祭り行列を見物しにきたんでしょ、前栽なんてどーでもよくない???

 平安中期、貴族たちの見栄の張り方は尋常でなくなってきたようです。


 さて。

 この桟敷に、中将道頼と姫君は、まだ夜明け前に到着※します。

 桟敷は御簾や壁代かべしろ(ロングカーテン)で、幾部屋かに仕切られています。御簾の一つに、「歓迎! 中将殿&北の方様、御一行様」と書かれた色紙が飾られています。

「私たちの控室は、ここかな?」

 道頼は姫君の手を取って御簾の奥へ進みます。豪華な調度類が備えられています。


 お供としてつき従ってきた衛門と少納言は、桟敷の見事さにびっくり仰天です。

「ここは西方浄土よね、きっと」

 すばらしい大和絵の描かれた立派な屏風などがあったのでしょうね。帝の女御の実家が用意した桟敷ですからね。


「御簾内、おゆるしを」

 若い女性の声が物申します。

「ゆるす」

 道頼が応じます。


 着飾った若い侍女たちが何人も御簾内へ入ってきます。ふだん、左大将家で、道頼付きとして仕えている侍女たちです。

「北の方さま、お待ち申しあげておりました。お疲れでございましょう」


 左大将家の侍女たちが、姫君を「中将殿の北の方さま」として敬い、心こまやかに奉仕する姿に、衛門と少納言は感激しきりです。小声で語りあいます。

「どうしても、中納言邸でのこと、思いだしちゃう」

「あそこじゃ、姫君にちょっとでも肩入れしようものなら、ろくでなし扱いされたわね」

「鬼ババがぎゃーすか騒いじゃって」

「そうそう。最悪だったわ~」


 道頼付きの侍女たちが集まっているところへ、道頼の乳母=帯刀の母親もやってきます。侍女たちにかしずかれている相手が誰かは知らずにいるのですが(顔は扇で隠されていますからね)、そこは侍女歴ウン十年の乳母なので、何もせずにぼんやり待機、なんてことはありません。

「今日は暑いこと。氷水ひみずなど、用意したほうがいいかしら。几帳も、もう一台、運ばせましょうかね」

 などとかいがいしく立ち働きつつ、きょろきょろとあたりを見回しています。誰かを捜しているようです。そばにいる侍女をつかまえて、

「惟成がお仕えしているお方は、どこにおいでなのかしらね? 中将殿の北の方さまは?」

「お目の前にいらっしゃいますわ」

 若い侍女たちに笑われてしまいます。


 道頼は姫君の耳元でささやきます。

「リラックスして。私の母も妹も、あなたに他人行儀にふるまったりしないから。私の母はあなたの母。私の母とあなたは親子。そういう仲なんだからね。めいっぱい、仲良くなって。末永く、うちとけあって暮らせるように。ね。――そろそろ、あいさつに行こうか」


 道頼は姫君の手をとって、母北の方や中の君などが待つ御簾内へと、誘うのでした。


※夜明け前に到着――なぜ、この時間帯なのか、浅学にして解りません(汗)。祭りの当日は混雑するので、姫君を衆人の目にさらす危険をできるだけ減じるための工夫でしょうか。ちなみに、平安貴族の時間の感覚は、現代人のそれとかなり異なっています。基本的に、夜型、というより、夜中型の人々でした。昼夜逆転の生活といってもいいほどです。



●ゴッドマザーとの対面


 道頼の母親=ゴッドマザーは姫君を一目見て、ほ、と小さく息を吐きます。初めて見る息子の嫁は、実の娘たちや孫娘である姫宮(内親王)に優るとも劣らない、美しい女性なのでした。


 この日、姫君は、ひとえの上に、砧で打って艶を出した紅色の綾のあわせ(裏付きの衣、あこめ)を着て、二藍ふたあい(青みの濃い紫)の織物のうちきを重ね、同じく二藍の薄絹の小袿を重ねています。いわゆる、いいとこの奥さま、お嬢さまのおしゃれ着である小袿姿ですね。二藍は、二種類の染料から作られる藍色です。


 姫君は、ちょっとはにかんでいます。その初々しさ、可憐さは、匂うばかりです。


 初対面のあいさつが交わされます。

 ゴッドマザーのほかに同席しているのは、姫宮(内親王、道頼の姪)と中の君(道頼の妹)です。


 姫宮は十二歳です。さすが、帝の御子でいらっしゃるわ。まだ、若いというより幼くておいでだけれど、お顔のなんと気品に満ちていることかしら、と姫君は思います。


 中の君は、へ~、お兄さま、すんごい美人をゲットしたものね、などと感心しています。おすすめコスメとか、教えてもらっちゃおうかしら。早くも、姫君に親しく話しかける中の君です。


 座は終始和やかに、初夏の一日が過ぎていくのでした。


 

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