親子喧嘩
●帯刀、母親を諫める
道頼が行ってしまったあと、物陰から帯刀が現れます。母親と道頼との会話をすべて聞いていたのです。
「母上。中将殿になぜあのようなことを? ご自分が育てたから、いつまでも幼子のように思っておいでなのでしょうが、中将殿はもう立派な大人ではありませんか。中将殿と北の方さまは水も漏らさぬ仲でおいでなのですよ。なのに、中将殿に羽振りのいい右大臣家へ婿入りしていただいて、ご自分も余得にあずかろうとお思いになったのですか? 情けない。卑しいですよ」
「何を言うのですか。そんなつもりなど毛頭ありませんよ」
「落ち窪だなんて失礼なことまで口になさって。北の方さまがお聞きになったら、どれほどお心を痛めなさるか。あのようなこと、二度と申されますな」
「…………」
「中将殿は北の方さまを本当に大切に思っておいでなのです。いじらしいというか、まぶしいというか、そんな気持ちにさせられる程です。中将殿と右大臣家の姫君が結婚なさったら、母上の利益にもなるのですか? 余生は安泰、とか? この私がいるのですよ。母上お一人ぐらいのお世話は、この私がいたします。卑しい考えは甚だ罪深いもの、と聞いています。母上が中将殿にあのようなことを執拗に迫るなら、不肖惟成、法師になります。母上をひどく悲しませることになりましょうが」
「この母の言い分もちゃんと聞かずに、一方的に言い負かそうとして」
「愛し合っているお二人の仲を裂くのは、大きな間違いというものです」
「誰も、今すぐ二条殿のお方と離縁してくださいとか、お捨てなさいとか、中将殿に申しあげているわけじゃありませんよ」
「同じことです。右大臣家の姫君と結婚させようとなさる、ということは」
「違いますよ。ああ、やかましい。中将殿に縁談話を持ち掛けた、というだけのことじゃありませんか。何がいけないの。甚だ罪深いだのなんだの、大袈裟な。おまえは、あこぎさんのことを気にしているのね。あこぎさんに文句を言われたくないんでしょ」
乳母は、主である中将と北の方に必死で肩入れする息子をいじらしいな、と思っているのですが、ちょっと黙らせようと考えて、嫁を持ち出したのでした。嫁が息子の弱みだと、よく知っているのです。
帯刀は笑って、
「もうわかりました。母上はやはり、中将殿を説き伏せようとお考えなのですね。では、惟成はすぐにも法師になってしまいましょう。母上の罪の深さが、なんともお気の毒です。母上が来世でどのような報いを受けなさるか、ああ、心配なことですねぇ」
帯刀は懐剣を取りだして、脇に挟みます。剃髪する覚悟でいる、という芝居ですね。
「母上が、まだ右大臣家の姫君との縁談とかおっしゃるなら、即、頭を丸めます」
母親にくるりと背を向け、行ってしまいます。
乳母はさすがに慌てます。帯刀は一人息子なのです。
「なんてことを言うの! 頭を丸めるだなんて、とんでもないことを。その脇に挟んでる懐剣、この母が念力でへし折ってやるわ! できないと思ってるの? まあ、見ててごらんなさい」
母親の声を背後に聞きながら、帯刀はくすくす笑ってしまいます。
乳母は、はあ~、と大きくため息をつきます。
「中将殿はまったくお心を動かしなさらないし、惟成はあんなことを言うし。右大臣殿には、縁談は難しそうですと、お伝えするほかなさそうだわね……」
●道頼、誤解を解く
二条殿で、道頼は北の方(姫君)と語らいます。
「あなたが暗い顔をしていたのは、私のせいだったんだね。理由がわかって、ほっとした」
「何のお話ですの?」
「右大臣殿の姫君のこと」
「さあ、何のことでしょう。わかりませんわ」
北の方は微笑みで応じます。
「とぼけないの。本気で信じちゃったんでしょ。ばかばかしい。たとえ帝の内親王を賜ると言われても、私は辞退するからね。前にも言ったと思うけど、あなたに悲しい思いはさせない。結婚した女性は、夫がほかに女性をつくるのをいちばん悲しむと聞いたから、あなた以外の誰とも、どんな関係も結ばない。私がほかの女性とどうこうなんて、世間で何か噂になったとしても、事実じゃないんだ、と信じるんだよ。いい?」
「信じても、人の心は波に削られる岸のようなものでは? 愛しているという言葉は、虚しいものではありませんの?」
えらく素直じゃない感じがしますが、男性が口にする甘い言葉は先ず否定する、というのが平安女性の《《たしなみ》》のようなものなのです。とにかく、切り返しまくります。
「あなたを愛していると言ったら、崩れちゃう岸ね、虚しいわ、とケチをつけてもいいよ。でも私は、あなたに悲しい思いだけは絶対にさせたくない、と言ってるんだよ。この一点は揺らぐことがないんだ。わかってほしいな」
●帯刀、誤解を解く
そのころ、帯刀も衛門と語らっています。
「例の噂だけど、事実無根だからね。中将殿を疑ったりしちゃ、だめだよ。来世のことはわからないけど、今生で北の方さまが悲しい思いをなさることは、決して無いからね」
「信じていいのね?」
「二百パーセント、信じていい。私のことも、ね」
「そうかもね」
「かもね? 何、それ?」
●右大臣、縁談を諦める
道頼の乳母は、息子である帯刀から気の毒なほどに言いこめられて、右大臣家から持ち込まれた縁談話を口にすることはなくなりました。右大臣邸には、中将殿には熱心にお通いあそばすお相手がいらっしゃいます、と文でお伝え申しあげたので、沙汰止みとなりました。
エステに通ったおかげでピカピカになったかぐや姫には、すぐに別の良縁が舞い込むことでしょう(おそらく)。




