純愛宣言!
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●すれちがう心
北の方(姫君)が何か思い悩んでいるらしいことに、道頼は気づきます。
「何か悩んでいるね。そうでしょう? あなたのようすを見ていれば、わかるよ。私はね、世間のふつうの男のように、愛しているだの、切なくて死にそうだだの、恋しくてならないだの、口に出しては言わないよ。でも、あなたに悲しい思いだけはさせたくない。最初から、それだけは願っていることなんだ。このごろ、あなたが思い悩んでいるようすを目にして、胸が痛いんだ」
「…………」
「最初のころのこと、憶えてる? 私が逢いにいかなかったら、あなたががっかりすると思って、どしゃ降りのなかも出かけていったよね。あの晩は、えらい目に遭ったんだよ。足の白い盗人とか、からかわれちゃってさ。私の愛情が足りない? そんなこと、ないよね。だから、何を悩んでいるのか、打ち明けてほしい」
「悩んでなどおりません。何も」
「そういうの、無し。あなたが何か抱えてることは、お見通しなんだからね。私たちのあいだに、どうして急に隔てを置いちゃうわけ?」
「隔てを置いていらっしゃるのは……あなたのほうですわ。熊野の浦※の浜木綿の葉が幾重にも重なっているように、あなたこそ、幾重も重なった隔てを置いていらっしゃるのですわ」
「あ、やっぱり。そんなふうに思ってるんだ。浜木綿の葉っぱとか、持ち出しちゃうんだ。それなら、私も言うよ。真野の浦※に生えている浜木綿の重なった葉っぱみたいに、重ねて何人もと結婚する男がいるけど、私はあなただけを想っているんだからね」
「…………」
「あのね。私が意図してないこと、私が思ってもいないようなことを、不愉快な噂として耳にすることがあるかもしれない。だからこそ、私にはすべてを打ち明けてほしいんだ」
北の方(姫君)は、あの話は確かなものではないのかもしれない、と思います。結局、何も言わずじまいとなります。
※熊野の浦
隔てける人の心をみ熊野の浦の浜木綿いく重なるらむ
※真野の浦
真野の浦に生ふる浜木綿重ねなでひとへに君を我ぞ思へる
道頼の歌はかなりストレートですね。情熱的です♡
●衛門、帯刀を問いつめる
同じころ、衛門は夫の帯刀を問いつめます。
「中将殿と右大臣家の姫君とのご結婚が決まったそうじゃない」
「え???」
「どうして黙ってたのよ。超絶不愉快。隠し通せるとでも思ってたの?」
「ちょ……何? そんな話、聞いてないよ」
「この話、よその人だって聞いてるのよ。よその人がウチの北の方(姫君)さまを心配して、伝えてきてくれたのよ。あなたが知らないはず、ないじゃないのっ!」
「ちょ、ちょっと待って。それ、ぜったいガセだよ。中将殿に確かめてみるけど」
●解けない誤解
今のところ道頼は、夜は二条殿で過ごし、翌朝、実家の左大将邸へ戻って参内の支度をする、という生活をしているようです。
北の方(姫君)とちぐはぐな歌の贈答をした翌朝も、左大将邸へ戻ってきます。
きれいに咲いた梅を一枝折って、文をしたためます。
『この梅をご覧あれ。めったにないほど、きれいでしょ。機嫌を直して。Love&kiss』
すると、北の方(姫君)からも和歌が一首だけ返ってきます。
『二条殿に迎えられて以来、私は暮らしの苦労は知りません。ただ、中将殿のお心が花の色のように移ろいやすいのが辛いのです』
やっぱりな、と道頼はため息をつきます。
こっちが浮気してるとか、妙な噂を聞いたんだな、きっと。
道頼もすぐに返します。
『今の私にやましいことなんて無い、と自分では思ってる。まあ、いいさ。私のあなたへの気持ちがどのようなものか、見ていてほしい(まろが心のほどは、なほ見給へ)。
花の色は何があっても移ろうことはないはずだけど、誰かさんの機嫌が悪くて嵐を呼んじゃったので、散ってしまうかもね。
もうね、私は泣きたい。察してほしいよ。kiss百回』
北の方(姫君)の返信は、
『梅の花を誘って吹くという風に(あなたを誘うほかの女性のせいで)花が散ってしまったら(あなたが私という枝から離れていってしまったら)、私は辛い身となるだろうな、と悲しく思っております』
この文面に、道頼、のけぞってしまいます。
「これ、放置はまずいよね。姫君はどんな噂を耳にしたんだろう?」
●純愛宣言
そこへ、乳母が現れます。
「右大臣の姫君とのご縁談の件でございますが。私は確かに、中将殿がおっしゃったように、先様へお伝えしたのでございますけれど――」
「けれど、何なの?」
いやな予感がするぞ、と道頼は警戒します。
「先様は、こうおっしゃっておいでです。『妻が一人おいでになるとは承知しております。歴とした、身分のあるお方ではないようですね。そのお方の所へは時々お通いになればよろしいでしょう。婚儀は、左大将殿にもお伝えしましたが、四月に、と考えております』と。先様はお仕度を始めておいでです。心づもりなさっておいてくださいませ」
導火線に火がつきます。
道頼は、幼いころからずっと甘えてきた乳母に、とてつもなく冷たい笑みを見せるのでした。乳母は動揺します。
「男が、絶対にしない、と決めたことを強引に進めるなんて、あっていいわけはない。私は世間並みの男じゃない。身分も高くない。婿に迎えたい人がいるなんて、思えないな。どうして、このように取り次ぐの? どうかしてるよ。歴とした身分でもない妻? どこから仕入れた情報で判断したんだろう。私の大事な人を何だと思ってるの」
「まあ……わけのわからないことをおっしゃいますこと。先様では、このようにすっかりお決めになって、いろいろお仕度なさっておいでです」
「そんなこと、知るか」
「状況を見極めてくださいませ。高貴なお方が、どうしてもと、望まれておいでのことですから。もう後へは退けません。何を迷っておいでなのです? 公卿のご子息というのは、ご実家だけではなく、妻の側もいっしょに華やかに盛り立ててお世話するのが、きょうびのあたりまえというものですわ。お心にかけたお方がおいでになるとしても、そちらは、ひとまずお措きあそばせ。右大臣の姫君にお文をお書きくださいませ」
「いや、待ってくれ――」
「実は、ですね。私は存じておりますの。お心にかけたお方とは、二条殿のお方でございましょう? 上達部(=公卿)の姫君とは聞き及んでおります。落窪の君などと名づけられて、ほかの姫君がたより劣ったお方として、落窪の間に押しこめられておいでだったとか。そんなお方を、驚くばかりにお心を尽くしてお世話なさるのは、どうしてなのでございますか。不思議でなりません。女性というのは、両親が揃っていて、愛情いっぱいに育てられている人こそ、ご令嬢という感じで、奥ゆかしいものですのに」
乳母、越えてはいけないラインをいくつも踏み越えちゃってますね。養い君である道頼への愛情で、視野狭窄に陥っているのですね。
怒りのあまり、道頼の顔に赤みが射してきます。
けれど、声を荒げる道頼ではありません。
「私は古風なのかな。きょうびのあたりまえに興味はなくてね。華やかで色めかしいことなんて、望んじゃいない。婿入り先でちやほやされたいとは思わないし、両親揃った女性との結婚が理想とも思わない。落ち窪であれ上がり窪であれ、彼女のことを生涯愛しつづけようと思ってしまったんだから、もうどうしようもないんだ」
「…………」
「人があれこれ言うのはしかたがない。でも、乳母のそなたまで、こんなふうに言うなんて。辛いな。二条殿の北の方は、そなたにとっては面白くない存在かもしれない。でもね、そなたにも満足してもらえる日が来ると思っているんだ。遠い将来の話じゃないよ」
落ち窪にもあれ、上がり窪にもあれ、忘れじと思はむをば、いかがはせむ。
以上、道頼の純愛宣言でした!




