道頼の新たな縁談
●右大臣の娘との縁談
ここからの場面は、蔵人の少将と中の君との結婚から七~八か月ほどが経過した後のこと ――落窪姫が二条殿で暮らすようになってから一年ちょっと後のこと、になります。
右大臣と右大臣の北の方が、一人娘の行く末について、あれこれ話をしています。
「入内の件はどうなりまして?」
「入内か。一度は考えてもみた。だが、父親であるこの私が死んでしまったら、どうなる? 内裏では不本意なことになるだろう。公卿と結婚したほうが幸せかもしれない」
「そうかもしれませんけど……。理想的なお相手が見つかりますかしら?」
「見つけておる、すでに」
「まあ! どなたですの?」
「左大将殿のご子息、三位の中将殿だ。宮仕えのようすなどを見ると、信頼できそうな人物なのだ。かぐや姫を任せても、しっかりと後見してくれるだろう」
一人娘をかぐや姫と呼ぶ親バカのようです。藤原実資のようですね。
「すでに妻をお持ちの方ではありませんの?」
「一人いるようだが、素性は知れない。歴とした家柄の娘を正妻にしている、というわけではないらしい。ここ数年、婿候補として観察してきたが、実に申し分のない人物だと思うね、私は。スピード出世もまちがいなかろうし」
というわけで、右大臣家はある知り合いを通じて、道頼の乳母に意向を伝えてきたのでした。乳母は帯刀の母親です。
乳母は大喜びで、道頼のところへ話を持っていきます。
「右大臣家の姫君とのご縁談でございますよ! またとないお話ではございませんか」
「右大臣家か。まだ独身だったら、もったいないお話だと思うだろうけどね。今は通う所がある。そのことを当たり障りなくほのめかして――」
通う、と言っているからには、道頼はまだ生活の拠点を実家から二条殿へ、完全に移してはいないようですね。
「お断りするとおっしゃるんですか?」
「ああ。そのへん、うまくやってよ。失礼にあたらないように、ね」
道頼はもう乳母の話を聞こうとせずに、行ってしまいます。
乳母は不服顔でいます。
こんなにいいお話をお断りするなんて方がありますか。中将殿の妻というお方は、ご両親もおいでにならないようで、ただ中将殿におすがりしているだけのよう。中将殿が右大臣家の婿君になられて、華やかにお世話をお受けになったら、ああ、なんとすばらしいことかしら!
乳母は、二条殿の北の方(姫君)のことをよく知らないままに、道頼の言葉を無視して、勝手にこんなふうに伝えてしまいます。
「とても嬉しいお話です。吉日を選んで、中将殿からのお文をそちらへお贈りいたしましょう」
あちゃ~。
帯刀のお母ちゃんは、案外に、こじらせキャラだったようです。ただただ、養い君のためによかれと思って、の行動なのでしょうが。
右大臣は当然ながら大満足です。嬉しそうに北の方に話します。
「もし、中将殿が、結婚はすぐにでもとおっしゃるなら、この四月にも婿君としてお迎えしよう」
「まあ、急に大忙しですわね。いろいろとお道具類を揃えなくちゃなりませんわ」
「豪華版でいくぞ!」
「姫をエステに通わせなくちゃ!」
「侍女も十人ばかり、新規採用だ! 若い侍女がよい。若いのが」
右大臣は家司の一人を「婚姻準備委員会」の責任者に任命し、万事遺漏なく進めよ!と大号令を発します。
●姫君、道頼の縁談を知る
貴族の屋敷に仕える女房たちは、情報ネットワークを持っていますから、この縁談の噂が広がらないわけがありません。
女房たちが二条殿の給湯室でまったりしているとき、そのうちの一人が衛門のそばへ寄ってきて、小声で話しかけます。
「右大臣家に仕える従姉から聞いたんですけど。中将殿が右大臣家の婿君になられることが決まったとか。こちらの北の方(姫君)さまは、ご存じなのでしょうか?」
衛門は驚いて、梅昆布茶の入った湯飲みを取り落としそうになります。
「何ですって!? そんな話、私は聞いていませんよ。確かなんですか?」
「本当のようですわ。右大臣家では、この四月にといって、準備を急ぎなさっておいでですから」
嘘でしょ。
信じられない。
とにかく、北の方(姫君)さまにお知らせしなきゃ。
衛門は姫君のお部屋へ馳せ参じ、かくかくしかじか、と伝えます。
「上さま(北の方さま)はご存じでしたか?」
北の方(姫君)は途惑った表情を見せ、
「そんな話、中将殿からうかがっていません。いったい誰が言っているの?」
「右大臣邸に仕える人です。結婚の月まで、四月と、はっきりした情報を伝えてきています」
「…………」
北の方(姫君)は、さすがに動揺し、あれこれ思い悩みます。
中将殿の母君のご意向かしら? 母君が強くおっしゃっておいでなのかしら? そうだとしたら、中将殿も聞き入れるほかないのでしょう……。
嘆きつつも、北の方(姫君)は平静を装います。
中将殿がご自分からおっしゃってくださるまで、待たなくては。
――ところが、夫である中将は何も話してくれないのでした。
●エトセトラ
お約束の、誤解による三角関係ってやつですね。
ラブラブの二人の関係が、どんなふうにこじれるのでしょうか?
まあ、こじれっこないって、わかってますけどね。道頼は純愛に目覚めちゃった男ですから。
でも、苦悩するヒロインでないと、男性読者は萌えないんでしょうね。女性読者に言わせるなら、さっさと旦那を問いつめりゃいいでしょ、無駄に忍耐強いヒロインなんだからぁ、いらいらするわ、ってとこでしょうか。
この段で興味深いのは、右大臣家が、道頼の乳母へ先ず話を持っていったという点でしょうか。左大将でも左大将の北の方でもなく、乳母です。
右大臣家が道頼の両親に打診して、もし両親が不承知だと、そこで縁談不成立となってしまいます。一方、乳母というのは一般的に、養い君に相当な影響力を持っています。乳母さえその気にさせれば、話がうまく進む可能性大なのですね。
中納言家の四の君の場合も、同じでした。四の君の乳母が左大将家の女房へ意向を伝え、その女房が道頼の乳母へ話をつないだのです。
とはいえ、貴族同士の縁談が、いつも乳母ルートから開始されるわけではありません。当然ですが。
藤原道長と源倫子(←←超名門のお嬢さま)との縁談は、倫子の母親がまず道長に注目し、ものすご~く気に入っちゃって、夫の左大臣が渋るのを強引に説き伏せて、まとめたのでした。大成功の結婚でした。この物語が書かれたころのことです。




