道頼はとことんやる男
●懲りたか!
ようやく夜が明けます。
中納言の北の方は、従者に帰り支度を急がせます。
「あの憎らしい奴の一行が動きだす前に、こっちが先に出発しなきゃ」
といっても、壊れた車輪をまた縄で結び直さなくてはなりません。手間取っているうちに、道頼の一行のほうが先に車に乗ってしまいます。
北の方は歯ぎしりします。
「ちっ! へたにこちらが先に行くと、また嫌がらせされるかもしれない。待つとしよう」
道頼は車の簾越しに、中納言家一行のようすをうかがっています。にやり、と笑います。向こうには、仕返しされたのだとはっきり思い知らせてやらなければ、つまらないな。
召し連れていた小舎人童を呼び寄せます。
「あそこに壊れた車輪を直している車があるだろう。うんと近づいていって、『懲りたか』と言っておいで」
小舎人童は嬉々として命令を実行します。
「懲りたかぁ!」
「だっ、誰がそんなこと言ってるんだい!」
北の方は目を怒らします。
「あちらのお車にお乗りのお方ですよ」
北の方と二人の娘たちは顔を見合わせ、ひそひそ言い合います。
「やっぱり……」
「何か含むことがあるのかしら」
「そうに決まってるじゃない。だから、いちいちこんなことをするんだわ」
いまや、憤怒の形相となった北の方は、着崩れていた衣の前をきゅきゅっと掻き合わせ、荒々しく言い放ちます。
「懲りてなどいるものか!」
小舎人童から報告を受けた道頼は、笑います。
「あの食えない婆さんの、いかにもな返答だな。自分が虐めた姫君がここにおいでになるとは夢にも思わないのだろう」
道頼は小舎人童をもう一度使いに出します。
「罪業ゆえに無駄に長生きの婆さんよ、そのぶん、これからもまだまだたっぷり、ひどい目に遭うぞ。楽しみに待ってるんだな」
永谷園がすし太郎ⓇのCMに起用したいようなかわいらしい顔をした小舎人童が、憎たらしい口調でこの伝言を伝えると、中納言家の従者たちはさすがに熱り立ちます。
北の方も怒りでわなわな震えますが、ここで言い返しても無駄、と諦めます。
「もうよい。何も言うな」
道頼の一行は二条殿へと帰っていきます。
●道頼、覚悟のほどを語る
帰りの車のなかで、道頼の北の方(姫君)は悲しげな表情を浮かべます。
「耐えられませんわ……。あなたがひどいことをなさったと、大殿さま(実父の中納言のこと)も耳になさいますわ。どうして、あんなことを小舎人童に言わせたりなさいますの。おやめになってくださいませ」
「あの車には中納言殿は乗っていないよ」
「三の君や四の君はお乗りでしたわ。同じことですわ」
「あのね。いずれ、逆のことをしようと思ってる。あのご一家をいろいろお世話もうしあげようと、ね。そうしたら、中納言殿もご満足なさるはず」
「でも――」
「私はね、一度決心したことは必ずやり遂げる」
●中納言の困惑
中納言の北の方は、帰るやいなや、じゃれついてくるトイプードルも蹴飛ばしかねない勢いで、居間へ駆け込みます。
「殿! 殿! とんでもない目に遭いましたのよ」
「お忍びで出かけたというのに、騒々しい帰宅だな。何の話だ?」
「左大将の息子の中将ですわよ。四の君との縁談をすっぽかした、あの。殿は、内裏であの人から嫌がらせを受けたりなさってませんの?」
「嫌がらせ? いいや。むしろ、内裏ではいろいろ気を遣ってくれる」
「変ですわね」
北の方は眉根を寄せ、清水寺参籠中に起きたあれこれを話します。
「こんなに悔しい思いをさせられたこと、ありませんわ。清水を発つ直前に、向こうが言ってよこした言葉といったら! もう、もう、我慢なりません。仕返ししないで、おくものですか!」
苛立つ北の方は身をよじって、床を拳で叩きます。
中納言は妻のアクションにドン引きしつつ、ただ困惑するばかりです。
あの三位の中将が、何を思ってそんなことを……?
この先出世の見込みのない中納言どまりの老いぼれを、権勢家がからかって楽しんでいる、ということなのか?
「私はもう齢だからな。世間の扱いは冷淡なものさ。それにひきかえ、中将殿はすぐにも大臣位に就きそうな勢いだ。仕返し? 無理な話よ。それにしても、これが宿世というものなのか。私の妻子が恥をかかされて笑われて、それがまた世間でいろいろ言われるようになるのか……」
中納言はため息をつき、ぷちっぷちっと爪弾きをするのでした。




