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なんちゃって落窪物語  作者: fukuneko
巻二
58/105

清水寺バトル②

●CHAOS!


 吉日なので大変な人出です。

 梯殿(はしどの)(参籠するための(つぼね)が多数設けてある場所)の周辺は、到着した何台もの牛車や、そこから降りる人々で混雑しています。


 中納言の北の方はすぐに降車しないで、とりあえず人目の少ない所へ牛車を移動させます。

 中将道頼もまだ車のなかにいます。何か考えがあるようです。


 道頼は帯刀を呼んで、小声で言います。

「中納言家の一行がどこの局へ入るのか、探ってきてくれ。局を横取りしてやろうぜ」


 帯刀はささっと動いて中納言家の車に近づき、別の車の陰から、ようすをうかがいます。

 北の方は、知り合いの法師を呼び出したところでした。


「早めに出発したのに時間がかかってしまいましたわ。三位の中将とかいうお人と出くわしたんですけど――その人もこちらに参籠なさるようですのよ――ウチの車に乱暴狼藉をはたらきなさったんですの」

「ええっ?」

「本当ですわよ。車輪が折れちゃいましたの。えらいめにあいましたわ。お籠りする局、ありますわよね? 早く車から降りて、ゆっくりしたいですわ。予想外に道中が長引いてしまって、体がしんどいのなんの」


「それはお気の毒なことでございました。はい、局は、ご予約いただいておりましたので、本堂にご用意いたしております。ですが、三位の中将殿はどこにお籠りなさるご予定なのでしょうね?」

「存じませんわよ」


「ふむ……三位の中将殿のご予約がどうなっているか存じませんが、ひょっとすると、従者などが他人さまの局に押し入って横取りする、なんてことも」

「何ですって!?」

「この混雑ですから。何でもあり、ってな夜になりそうでして。ケイオス!って、ところですかな」


 何がケイオスだ、このボンクラ坊主め、頼りないわね!

 北の方は今度は従者を呼びつけます。

「ちょっと! 急いで車から降りなきゃ。空いてる局だと思われたら、取られちゃうんですって」

「では我々が先に行って、取られていないかどうか見てきます」

「そうしてちょうだい」


 中納言家の雑色三人が梯殿へ急ぎます。

 そのあとをつけた帯刀は局の場所を見届けて、道頼に報告します。

「ここの法師が、今夜は何でもありだと認めちゃってましたよ。向こうがもたもたしているうちに、局を横取りしちゃいましょう」


 駐車スペースで待機していた道頼の一行も、ようやく車から降ります。

「几帳を! 差し几帳を!」※

 道頼は、みずから従者たちを指揮して、北の方(姫君)の前後左右を几帳で囲ませ、自分もすぐ傍らにつきそって歩くのでした。


※差し几帳――ふだん居室内で使っている几帳をそのまま、お出かけにも携帯してきて、出先で使うのです。貴族の女性が衆人環視のなか、姿を曝さらすわけにはいきません。『年中行事絵巻』などに、几帳を担いでいる従者の絵がありますね。お出かけ用は、三尺几帳でしょうか。台座(土居)とT字型の棒(足・手といいます)と帳とばりを合わせても、三尺几帳なら、一台はさほど重くなかったかもしれませんね。




(つぼね)争い


 中納言家の一行は車から降りて梯殿へ向かいます。

 中将道頼の一行も威儀をととのえて進んでいきます。さらさらと衣擦れの音をさせ、バッコバッコと(くつ)を響かせて。こちらの先頭は帯刀です。あたりにひしめく他の参籠者たちを「どいてくださ~い。邪魔で~す。どいて~。どけっ、つってんの」と払っていきます。


 さあ、そこへ中納言家の一行がやってきます。

 ところが、道頼の一行が通り道を塞いでしまいます。帯刀以下、大勢の供人を従えているのです。中納言の北の方たちは、行くも退くもならず、立ち往生です。すると、その姿を見て、道頼の従者たちがまたも嘲り笑うのでした。


「後追いばっかりの物詣(ものもうで)だな。先手を打ってるつもりが、いつのまにか後れを取ってるってわけだ」


 腹立たしいったらありゃしない!

 どうしてああも挑発してくるの!

 中納言家の一行は悔しい思いをしています。予約しておいた局へ早く行きたいのですが、身動きがとれません。


 そのあいだに、中将道頼の一行はその局に先着してしまいます。

 チェックインの確認を任されていたはずの法師見習いの童子は、

「道中おつかれさまでございます。先ずは、ごゆるりとなさいませ」

 とかなんとか、いっぱしの口上だけ並べて出ていってしまいます。道頼たちが予約者だと思いこんだのですね。


 かなり遅れて、中納言家の人々がようやく局の前までやってきます。

 ところが、中へ入れません。中将道頼の従者たちがわらわらと出てきて、口々に何か言い立てるのです。


「何、勘違いしてるんだ。無礼者め。中将殿がおいでになるのだぞ」

「自分たちの局がちゃんとあるかどうか、車を降りる前に確認しとけよ」

「局は無いよ~。お気の毒さま~」

「仁王堂※で勤行すればいんじゃね? あそこなら広々してっからさ」


 帯刀が、若くてお調子ものの従者たちに言わせたのです。帯刀本人は中納言家の人々に顔が知られているので、ここで出ていくわけにはいきません。道頼から、中納言の北の方たちをからかってやれ、と耳打ちされて、このように動いたのでした。


 局の前の簀子(すのこ)(廊下)も、ほかの局へ出入りする人々でごった返しています。中納言家の一行は、それらの人々と体がぶつかって、倒されそうになってしまいます。午前八時の地下的丸ノ内線新宿駅のホーム、って感じです。一行は、泣くにも泣けず、後戻りするほかありません。


※仁王堂――寺の山門のこと。この当時の清水寺に仁王を配置した山門があったかどうか、はっきりしません。仁王堂は山門を意味する普通名詞として使われていると思われます。



大徳(だいとこ)の説明


 中納言家の人々は、歩いているという感覚もなく、車へ戻ってきます。従者たちがひそひそ話しています。

「何の恨みも抱いていない人が、こんなことをするはずがない。大殿(中納言のこと)を憎んでおいでなのだろうか? 大殿はこれから、どんな目にお遭いなさるんだろう?」

 四の君は、往路で面白の駒の名前を耳にしたことを忘れることができず、恥ずかしくてなりません。


 北の方は寺の大徳(高僧)を呼んで、愚痴をこぼします。

「三位の中将殿に、予約しておいた局を横取りされてしまいましたの。大恥をかかされましたのよ。ほかに空いている局はございませんの?」


「残念ながら、もう空きはございません。すでに参籠者が入っていた局さえ、公卿のご子息たちが無理やり入りこんで占領されるのです。今日はご到着が遅かったのも、不運でございましたな。どうしようもございません。車中泊なさるほか、ございませんでしょう」

「しゃ、車中泊……!」


 簡単に言ってくれるじゃないか、この坊さんも!

 北の方は、いつもならブチ切れるところですが、今はその気力もありません。疲労感に押しつぶされそうになっています。


「相手が並みの身分の人でしたら、ひょっとして局を返していただけるかと、交渉する余地がございますが。あちらは左大将殿のご子息の三位の中将殿でございますよ。今、もっとも勢いのあるお方。太政大臣さえ、あのお方の前では、音無しの構えでいるほかないのだとか。(みかど)の一のご寵愛を受けておられる姉君をお持ちのお方ですから。つまりは、ご自身も、帝から特別のご信任を得ているとお思いになっているお方です。太刀打ちは無理でございましょう。では、拙僧はここで失礼いたします」


 車中泊、確定です。

 往復のあいだだけだ、と思って牛車に六人も乗ってきたので、どうにも狭くて、身動きすらままなりません。エコノミークラス症候群、必至です。

 

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