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なんちゃって落窪物語  作者: fukuneko
巻二
57/105

清水寺バトル①

●車争い


 お正月の下旬のことです。

 縁起のよい日柄ひがらというので、中納言の北の方が、三の君と四の君を連れて、清水寺参詣に出かけます。

 お忍びなので従者はほんの数人です。声を出して先頭を行く前駆も、今日は伴っていません。


 ちょうど同じ日、少し遅れて、中将道頼と北の方(姫君)も参詣のために清水寺へ向かいます。

 こちらは、花の二条殿の新婚カップルのお出かけですから、前駆も大勢いて、その声の威勢のいいことといったらありません。


 まずいことになりました。

 先を行く中納言家の牛車がのろくて、中将道頼たちの一行が追いついてしまいます。道頼の牛の鼻息が、中納言家の車の後尾に、ふんがふんがと吹きかかるほどです。


「前の車、何をもたもたしてるんだ? 邪魔くせぇな」

 中将の従者たちが文句を言いはじめます。

 

 中納言家の車副くるまぞいが手にする松明たいまつの明りで、車には大勢※乗っているのが透いて見えます。そのせいでしょう、車を引く牛も苦しげで、坂道をなかなか上ることができないのです。


 中将の車の後続車も、当然ながら、渋滞にまきこまれています。

 あっちこっちからブーイングが聞こえてきます。


 中将は車の簾の端から扇で手招いて、従者の一人を呼びます。

「前を行くのは誰の車なんだ?」

「中納言殿の北の方さまのお車のようです。お忍びとか」


 チャンス! 

 中将道頼、閃いちゃいます。

 ちょうどき合ったからには、何か仕返ししてやろう。


 車のなかから従者に指示を出します。

「あっちの雑色どもに、とっとと行け、と言え。向こうがぐずぐずするようなら、あの車を道の端へどかしてしまえ」

「ラジャー!」


 中将側の前駆が、中納言家の車副に詰め寄ります。

「こんなへたれ牛で坂道上れねぇだろ! 車ごとちょっと横へどけや。こっちを先に通せ。ウチの殿さまのお車を先に、だ」


 中将道頼は、それを聞いて、さらに燃料を投下します。

 わざと聞えよがしに、

「へたれ牛の代わりに、面白の駒にお車をお引かせになったら、どうでしょう。ねぇ?」

 テノールとバリトンの中間くらい、伸びやかによく通る美声です。


 中納言の北の方と娘二人の耳にも、その無駄によく通る声が届きます。

「何てことを!」

「いやだわ。情けないったら……」

「誰なのかしら?」


 中納言家の従者たちと中将の従者たちとで、小競り合いが始まります。

「この車、どかせって言ってんだろ!」

 中将の従者たちが、車に向かって石つぶてを投げ始めます。


 中納言家の従者たちも黙ってはいません。

「この野郎! デカいツラしやがって。そっちの殿さんは大将だとでもいうのかよっ。こっちは中納言殿のお車だぞ! おう、こいつら、やっちまおうぜ!」

 中納言家の従者たちは、相手が左大将の子息の従者とは知らずに言っているのです。応戦するようです。


「中納言殿も平伏ひれふすお方がおいでになるたぁ、知らねぇのか。左大将殿のご子息、三位の中将殿のお通りだぞ。ブルドーザー、発動だぁ!」

 中将の従者は十人以上いるようです。総勢で、中納言家の車を端へ寄せてしまいます。

 ガシッ!

 ガシッ!

 ガガガガガッ!


 あっというまの出来事でした。

 中納言家の従者たちが呆気にとられているうちに、中将道頼の車は坂道を上っていってしまいます。前駆の威勢のいい声を響かせて。


 なんとまあ、中納言家の車は、片方の車輪が堀にはまって、傾いてしまっているではありませんか。疲れた牛も、めんどくせ、てな顔をしていますね。

 年配の従者が、応戦に出た若造連中にぶつくさ言います。

「多勢に無勢じゃろーが。応戦するなど無茶じゃろーが。よけいなことをしおって。どうするんじゃ、この車?」


※大勢――牛車はふつう四人乗りですが、この日の中納言家の車には、北の方、三の君、四の君、女房一人、それに女童も二人、定員オーバーですが、乗り込んでいたのかもしれませんね。



●何の恨みが?


 中納言の北の方は、傾いた車のなかから、きぃきぃ声で従者を問いつめます。相当に苛立っているようです。

「今の誰っ? 誰だったのっ?」

「左大将殿のご子息です。三位の中将殿で。三位の中将殿といえば、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのお方です。こちらの若い者たちが、まずく言い返したようで……」


 北の方は、左大将家の子息と聞いても、末娘を裏切った婿候補とは気づいても、いつぞや落窪の間で見かけた美形の裁縫男子とは思いもよりません。


「どんな恨みがあって、私たちに恥をかかせなさるんだろう? 兵部の少輔(面白の駒)のことだって、中将が企みなさったんでしょうよ。縁談がお嫌だったのなら、ただ穏やかにそうおっしゃってくだされば、それですんだものを。中納言家とは縁のないお人なのに、こちらを敵視していなさるとは……いったい、どういうお人なのだろう……?」


 牛車がはまった堀は深く、車を引き上げるのは容易ではありません。大騒ぎして引き上げ作業を進めるうちに、車輪の一部が壊れてしまいます。

「まずいだろ、これ」

 従者たちは、うんざりしながらも、なんとか車を担ぎ上げます。壊れた部分は縄で縛るなどして、応急処置が済みます。


 中納言家の一行は、ようやく、そろりそろりと坂道を上っていくのでした。


 清水寺に先着していた中将の従者たちは、ずいぶん経ってから、中納言家の車がよたよたと上ってきたのを見て、笑います。

「車輪、折れたんか? あんなにごっつい車輪でも、折れるねんな」

 自分たちの乱暴狼藉のせいなのですが、涼しい顔をしています。

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