替え玉結婚、第三夜
●披露宴に現れたのは?
新婚の三日目の夜です。
この夜にも婿が通ってくれば、結婚成立です。
四の君の婿取りは、親がお膳立てをした正式なものですから、中納言家では露顕という披露宴の準備に入ります。
三の君の婿である蔵人の少将まで、テーブルセッティングの陣頭指揮に立ちます。審美眼の男ですからね。
「その州浜台(州浜をかたどった飾り置物)は真ん中へ。その横へ雉肉と鹿肉の盛り合わせ。そうそう。鮑はそこへ。果物はこのあたりかな。酒の甕は、どーんと、そこへ据えて」
婿の供人としてやってくる従者や、雑色や牛飼童といった末端の郎等にも、それぞれの待機所にごちそうとお酒が用意されます。
邸内のいたるところに、灯りがあかあかと灯されました。
中納言は、支度が整ったばかりの母屋へ早々とやってきて、腰をおろします。四の君の婿に、早くからここでお待ち申し上げておりました、という姿勢を見せたいのです。婿は左大将の子息、帝の覚えめでたい左近の少将なのですから。
蔵人の少将をはじめとした三人の婿たちや、息子たち、伯父や叔父たちなども祝いの席に着きます。
露顕は、新郎と新婦側の男性親族のあいさつの場であり、女性は参加しません。女性たちは、配膳などで宴席に侍する侍女たちから、宴のようすを聞くことができます。
「婿君がおいでです」
古参の女房が伝えにきましまた。
「どういたしましょう? 三日夜のお餅を先にめしあがっていただきましょうか?」
「ま、餅はあとでもよかろう。こちらへご案内もうしあげよ」
「かしこまりました」
と、女房が下がったかと思う間もなく――
兵部の少輔がひょこひょこっと入ってきて、上座にすとんと腰を落ち着けてしまいます。何のあいさつも無しに、です。
宴席の一同、唖然、呆然です。
明々とした灯りのもと、痩せてちんちくりんで、ひょろ~んと首の長い若い男が座っているではありませんか。顔は白粉をはたいたみたいに白く、その真んなかにくっついた驚くばかりに大きな鼻をふくらませて、そっくり返っているのです。
左近の少将?
な、わけはない。
人々はこの珍客の正体に気づきます。
え? 面白の駒……兵部の少輔じゃないか!
あちこちから笑いが漏れます。
蔵人の少将は、笑うときは思いっきり笑います。男は豪快に笑ったほうがかっこいいよね、と思っているのかもしれませんが、とにかく遠慮しようとは思わないようです。
「誰かと思ったら、面白の駒とは!」
笑いの発作のスイッチが入ってしまったらしく、体を揺すって、扇で床をぱしぱし叩きます。
そのうち、馬と相席はご免被ると言って、座を外してしまいます。
内裏の殿上の間でも、兵部の少輔が現れると、「面白の駒が厩から逃げ出して来たぞ」と、人々は物笑いのたねにしていたのでした。
蔵人の少将は、廂の女房溜まりのあたりに隠れて、やはり宴席から退散してきた相婿たちと笑い合っています。
「どうなってるんだ、これ? ギミアブレイク……」
●中納言と北の方、頭を抱える
中納言は驚きのあまり言葉を失います。
誰かに謀られたのだな。
だが、誰に?
どこのどいつが仕組んだんだ!
ダメ親父の中納言、腹立たしくてなりません。
けれども、宴席には親族たちも居並んでいます。ブチ切れたいのをぐっとこらえて、兵部の少輔に声をかけます。
「まったく思いがけないこと。どういうわけで、そなたがここにおいでなさる?」
「むぅ……どういうわけ……それはですね」
兵部の少輔は、少将道頼から教えられた例の長台詞を披露します。いつもながらの間延びした口調ながら、練習を重ねたので、伝えるべきポイントだけは落としません。
「というわけでぇ、婿として参上いたしました。むふっむふっ」
謀られたのだ。
今さら何を言っても無駄なのだ。
中納言は「婿」と盃を交わすことなく、宴席を離れます。
兵部の少輔の供人たちは、自分たちの主人が笑いものにされているなんて知りません。侍所や車宿りなどで、用意されていたごちそうをたらふく食べ、お酒をぐびぐび飲んで、どんちゃん騒ぎです。
「ウッチの大将が婿さんだぁ! 中納言家の婿さんだぁ! めでたや、めでたやぁ」
しっらーーーーーっ。
宴席には、婿一人を残して、もう誰もいません。
「むぅ……」
いたたまれなくなって、兵部の少輔もその場を離れます。でも、帰宅する気なんかさらさらなくて――だって婿さんだもんね、私は――四の君の部屋へ入っていくのでした。
中納言は頭を抱えています。
話を聞かされた北の方も、衝撃のあまり、頭がぼーっとしてしまいます。
「兵部の少輔……面白の駒が婿……」
四の君はすでに御帳台の中でやすんでいました。
宴席で何が起きたかは、女房たちから聞いています。兵部の少輔が「婿として参上のいきさつ」を間抜けな口調で説明したことも、聞かされたのでした。
「私の人生、どうなっちゃうの……?」
泣きべそをかいているところへ、
「わんばんこ、な~んちゃって、むふっ」
げっ!
兵部の少輔が御帳台へ入ってきちゃいました。
四の君、逃げられません。
女房たちは、うわぁ……姫君、お気の毒……と目をそらします。
「えっと、三日夜餅とか、いただかなくてもよいのかな? むぅ?」
知らんがな!
泣き崩れる四の君でした。
「ど、どうされた?」
兵部の少輔はおろおろしてしまいます。
とはいえ、おろおろしながらも、今夜もしっかり、いたすのでした。
中納言邸の誰も彼もが嘆きの一夜を過ごし、夜が明けます。
兵部の少輔は、新婚四日目からは堂々と泊っていいんだっけ、と思い、朝寝をつづけるのでした。




