あこぎ、衛門となる
●浮かれる中納言家
中納言邸では、四の君との縁談話を少将道頼が「喜んで承諾した」と聞いて、嬉しや、とばかりに大騒ぎで準備に入ります。
「落窪がいないのが痛いね。裁縫を任せられるのがいない」
継母=北の方は愚痴ります。←←頭、オカシイ。
「少将の気が変わったら大変だ」
中納言は、急いで結婚の日取り(婿候補が最初に通ってくる日)を決めます。十二月五日です。
蔵人の少将は、几帳は新調したほうがいいだろうな、風情のある屏風も一双揃えるか、などと舅が気忙しく言っているのを耳にします。夕食後のデザートをつまみながら、三の君に話しかけます。
「どなたを婿取りされるの?」
「左大将殿のご子息の、左近の少将殿とか、聞きましたわ」
「左近の少将殿! すばらしい人だよ。私も親しくおつきあいして、いっしょにこちらへ出入りするってのは、うん、悪くないねぇ」
蔵人の少将の賛同を漏れ聞いた北の方は、「中納言家の面目躍如!」と、有頂天になります。
少将道頼は、姫君の反対を押しきって、やはり四の君との縁談話を進めるようですね。
復讐劇の幕が、切って落とされました。
●あこぎ、衛門となる
十一月も晦となりました。
二条殿には、新参の女房や女童たちが、十人以上も揃いました。
和泉守の従妹は、兵庫という女房名で、仕えてくれることになりました。和泉守から、しっかりお仕えするように、と送り出されてきたのです。
あこぎは、晴れて、女房へと昇格しました。
女房名は衛門です。あこぎの父親か兄弟が、衛門府の武官だったのでしょうか。かっこいいですね。
サラリーも(現金ではありませんが)支給されます。
装束も、これまでは女童でしたから、汗衫姿でしたが、唐衣裳というスタイルになります。
紅の長袴を着け、単+袿三~五枚の上に唐衣(丈の短いジャケット)を羽織り、裳(後ろ側だけの付け裾、トレーン)をきりりと結びます。
衛門。
立派な名前をもらったあこぎですが、小柄で、まだどことなくあどけないんですよね。それでいて、いつも何の不安もなさそうに、自信に満ちて立ち働いているんです(思ふことなげにてありく)。
「あこぎ、かわいくて頼もしいな」
「ええ。あこぎは頼もしくて、やっぱりかわいらしい」
少将道頼も姫君も、あこぎに全幅の信頼を寄せ、身内のように大切に思うのでした。
●ゴッドマザー
そうこうするうちに、左大将の北の方=道頼の母親が、息子の私生活の変化に気づきます。
「二条殿に女性を住まわせているとか聞きましたよ。本当なのですか? 本当なら、中納言殿に色よい返事をなさったのは、どういうことなのです?」
「母上にはお知らせしてから、と思ってはおりました。二条殿には誰も住んでいなかったので、しばらくのあいだ、とだけ思って。後先になってしまいました。申し訳ありません。彼女には、母上からも文などお贈りいただけませんか。中納言殿は、とにかく、この縁談に乗り気でおいでなのだと聞いております。まことに結構なこと、と承ったしだいです。まあ、男は妻一人と決めたものでもないでしょう。妻同士も、うまくやっていくものじゃないんですか」※
「なんと……ずいぶん思い上がったことを言うものですね。妻をたくさん持てば、その人たちを悲しませることになりますよ。あなただって苦しむことになります。二人の妻を持つなんて、およしなさい。二条殿に住まわせた方が本命だというなら、その方一人と心に決めて、四の君とのご縁談はお断りなさい。二条殿においでの方には、近いうちに文をお贈りいたしましょう」
近いうちにと言った母親ですが、もうその日のうちに、息子の嫁さんである姫君と文のやりとりを始めるのでした。母親は文に添えてプレゼントも贈ります。綾絹や薫物などでしょうか。
姫君からの返書は、いやみのない内容が達筆でしたためられていて――つまり、優等生的なのですね――当然ながら、高ポイントを獲得しちゃいます。
道頼の母親は満足げに微笑みます。
「いい方のようね。お手紙の書きぶりも筆跡もすばらしいわ」
「でしょう?」
「どこのお嬢さんなのですか? この方に決めておしまいなさい。娘を持つ身としては、二条殿にお住まいのこの方が、どんなお気持ちでいらっしゃるかと思うと、心が痛みますよ」
道頼は芝居をつづけます。
「二条殿のこの人も、けっして忘れたりはしませんよ。でも、ほかの女性にも興味があるんですよね」
微笑みながら、しれっと言います。
「まあ……呆れたこと」
母親も、眉をくもらせながらも、笑います。
少将道頼の母親=左大将の北の方は、心やさしく、美しい方なのでした。
道頼の母親は、強欲で下品な継母の対極に位置する女性として描かれていますね。中納言家よりワンランクもツーランクも上の上流家庭の要となる、優雅なゴッドマザーです。
道頼は、ちょいマザコンかな、という印象もありますね。いずれにしても、道頼は両親から深く愛されて育ったようです。
※中納言殿は、とにかく、この縁談に乗り気で~~~妻同士も、うまくやっていくものじゃないんですか――このあたりの部分は、参考にさせていただいている二つの現代語訳が、かなり違います。採用されている仮名文字の底本がそもそも異なりますし、原文の解釈も分かれますので、現代語訳もさまざまになりますね。




