姫君を救い出す①
●二条殿の用意
夜明けとともに、帯刀は少将道頼のもとへ馳せ参じます。
道頼は帯刀から、典薬助の一件について聞かされます。
「おぞましいジジイだ! 吐き気がする! 姫君はどれほど辛い思いをしたことか……」
道頼は苦悶の表情で腕組みをし、忙しく考えをめぐらせていたようですが、
「ここを出る。二条殿※へ行く。引っ越しだ。帯刀、行って格子を上げさせろ。きれいに掃除させるんだ」
「承知いたしました」
帯刀は二条殿へ急ぎます。
少将殿は姫君救出の覚悟を決められた、のみならず、救出計画の細部まで考えつかれたようだ――帯刀はそう思い、みずからも武者震いするのでした。
ヒャッホー! やってやるぜ!
あこぎも心弾ませます。「そのとき」に備えて、自分なりに段取りをあれこれ考えて、準備に入ります。※
※二条殿――道頼の母親が亡父(道頼の祖父)から相続した邸宅で、ずっと使われていなかったのです。リッチな貴族は豪邸を使いもせずに何棟も所有しているのですね。
※あこぎ――記述はありませんが、帯刀から「少将殿が行動を開始された」と知らせてきたのでしょう。
●中納言一家、祭り見物へ出かける
昼ごろ、中納言邸の車宿りには、二台の牛車が用意されます。
継母、三の君、四の君、お供する女房や女童などが、例によって大騒ぎしながら乗り込みます。
そんな慌ただしいさなかでしたが、継母は女童の一人を使いにやって、典薬助から小部屋の鍵を取り返します。
「用心、用心。留守中に、あの部屋を勝手に開けられちゃ困るからね」
などとつぶやく鬼ババです。鍵を持って、祭り見物へ出かけるのです。
居残り組の一人として見送りに参じていたあこぎは、鬼ババの周到さにうんざりします。
中納言は、婿さんの晴れ姿の最終チェックに余念がありません。今はとほほなダメ親父ですが、若いころには、舞人に選ばれた経験があるのかもしれませんね。
「冠よし、装束よし、履物よし。全部そろっていますな。蔵人の少将殿、堂々と舞いなされ」
「うなじのあたり、アホ毛が跳ねてたり、してませんかね?」
「だいじょうぶ。ヘアスタイルも決まっておりますぞ。では、最後の仕上げに――」
とっておきのディオールのコロンを、婿さんのうなじに、しゅしゅっと吹きかける中納言です。
蔵人の少将が出発します。
それを見送って、中納言も祭り見物へ出かけていくのでした。
●女車を用意しろ!
「邪魔な連中、いなくなったわ!」
あこぎは早速、帯刀に使いを走らせます。
帯刀から報せを受けた少将道頼は、従者たちに次々に指示を出していきます。心が逸って、ちょっとテンパっちゃてるんですけどね。チャラいボンボンが覚醒する瞬間です。
「いつもの車※じゃない、女車を用意しろ! 網代車※を女車に偽装するんだ」
従者の一人が応じます。
「では、朽葉色の絹※など垂らしましょうか?」
「任せる。とにかく女っぽい感じにしてくれ」
道頼は、女車に偽装した牛車を用意させると、従者を大勢引き連れて、中納言邸へ乗り込んでいきます。従者たちは、万一に備えて、連れていくのです。
牛車に乗っているのは道頼一人で、従者たちは徒歩でついていくんですけどね。
帯刀が騎馬で先導します。かっこいいです。
※いつもの車――八葉(八曜)の車と思われます。網代車(大衆車)の一種ですが、車体に八葉の紋様(一つの円を八つの円が囲む)がほどこされます。
※網代車――小型の大衆車。竹や檜の細薄板を網代に編んだものが車箱になっています。八葉車や半蔀車も、網代車の一種です。道頼はいつもの八葉車の代わりに半蔀車を用意させたものと思われます。
※絹――牛車の前後のドアは御簾ですが、その内側に目隠しの絹も垂らします。絹の裾は御簾から下へはみださせて、外へ垂らします。




