代書屋あこぎ
●代書屋あこぎ
あこぎは自室で、爺さんがよこしたラブレターを読みます。
忙しくて朝食を食べそこなっていたので、読みながら塩むすびを頬張ります。
『おかわいそうに。一晩中お苦しみになったとは。これは典薬助めが悪い。私の運が悪い。そんな気がしてなりませぬ。
我がいとしの君、かわいいお方よ。今宵こそは、私に嬉しい思いをさせて給れ。
あなたのおそば近くにいるだけで、私は寿命が延びて、気持ちも若返りそうです。服むと鼻血が出そうになるだけの変な錠剤なぞ、もう不要です。
ああ、我がいとしの君、いとしの君!
世間じゃ私を老木と見ているでしょうが、いとしいあなたには、もういっぺん花を咲かせてご覧に入れましょうぞ。そうして、あなたとう~んと仲良くしちゃいましょう。
どうか、この典薬助めを、冷たくおあしらいになりませぬように。
熱いキッスを受けて給れ♡ チュッ! チュッ! チュッ!』
いや、これ、どうよ……。
「うっ」
塩むすびがつかえて、あこぎは慌てて胸をトントンします。白湯で飲み下します。
な~にが、嬉しい思いをさせて給れ、よ。
グレードワンの気味悪さね、と思いつつ、あこぎは筆を手にします。
『姫君はまだご気分がすぐれません。なので、ご自身ではお返事申しあげられません。不肖あこぎ、代筆させていただきます。
すっかり枯れてしまって朽ち果てようとする老木に、嬉しい花なんかもう咲きっこないでしょ、と思います。
個人的感想です。悪しからず』
さすがに、これ、典薬助を怒らせちゃうかしら?
と、一度は迷ったあこぎですが、
――ええい、かまうもんか!
そのまま、返事を典薬助に渡します。
「ひょひょ~♪」
典薬助、にっこにこ顔で受け取ります。
(腹立ちやせむと恐ろしけれど、おぼゆるままに取らせたれば、翁、うち笑みて取りつ)
●帯刀への返事
あこぎは帯刀への返事もしたためます。
『昨夜は、おそろしく嫌なことがあったの。身の毛のよだつような出来事で、簡単には説明できないわ。あなたがここにいてくれたら、相談できたし、慰めてももらえたのに。あなたは来てくれなかった。ひどくがっかりしてるのよ、あたし。右近少将の君のお文は、なんとか、姫君にお渡しできたわ。――今、ここではとんでもないことが起きてるの。いろいろ聞いてもらいたいんだけど、とにかく、あなたの顔を見ないことにはね。惟成、早く来て!』
●あこぎ、遣戸に細工する
さて。
この日も暮れていきます。
また夜になっちゃう。
また爺さんが来ちゃう。
何とかしなきゃ。
あこぎは頭を悩ませます。
姫君が閉じ込められている小部屋は、内側からロックできないのです。姫君を守るには工夫が要ります。
どうしよう、どうしようと悩んでいるあこぎのところへ、典薬助がやってきます。
「あこぎよ、姫君のご気分はどうなのじゃ?」
「かなりお悪いようです」
「ふーむ……よくないのぉ……」
典薬助は、姫君はすでに自分の妻、と勝手に決めこんでいるようです。顎に手を当てて、悩める夫、みたいな格好をつけています。
この勘違いジジイ!
またも、あこぎはムカツクのでした。
典薬助は、今夜に備えてパンツを穿き替えるためでしょうか、自分の曹司へ戻っていきます。
その少しあと。
継母がはしゃいだようすで飛び回っているのを、あこぎは目にします。
「いよいよ明日ね。賀茂の臨時のお祭りで、蔵人の少将殿が行列に加わりなさるわ。いい場所をおさえて、三の君に見せてあげなきゃね」
あ、鬼ババたち、出かけるんだわ。
脱出のチャンスかも。
かすかな期待に、あこぎは胸をドキドキさせるのでした。
今夜だけ、とにかく、今夜だけでも姫君が典薬助から逃れられたなら――と、あこぎは考えます。
あの遣戸を開けられないように細工するには、どうしたらいいの?
ピコーン!
閃いた!
あこぎは、遣戸のつっかえになりそうな物(薄板の切れ端のようなもの、でしょうか)を見つけてきます。
それを脇に挟んで隠し持って、ころあいを待ちます。忙しそうなふりをしながら、姫君のいる部屋からなるべく離れないようにします。
やがて。
「灯りを点せ」
上級女房が声をかけて回ります。
灯火をつける時刻が決められていたのですね。
あこぎは、女房たちや童たちが立ち働くのにまぎれて、こっそり遣戸に近づき、細工をします。
隠し持ってきた物を、遣戸と敷居の溝とのすきまに、楔のようにくいこませたのです。典薬助に探りあてられないように、ぐっと押しこんでおきます。
●姫君、バリケードを築く
一方、姫君も、ただぼんやりしていたわけではありません。
部屋のなかにあった大きな唐櫃を、遣戸の内側に斜めにもたせかけるように置きます。あれこれ工夫して、唐櫃が動かないように押さえも利かせます。
「この戸を典薬助に開けさせなさらないでください」
震えながら、姫君は神仏に願をかけるのでした。




