好色爺さん、図に乗る
●医者の私が診て進ぜよう、ひょひょ
夕食後、中納言はすぐに眠気をもよおします。老人の習性ですね。といっても、まだせいぜい五十代と思われるのですが。
夫の中納言が早々と寝入ってくれたことは、典薬助を手引きしたい継母にとって好都合ではありました。さすがに、これから起きることを中納言に知られるわけにはいきません。
そろそろ伯父の典薬助が忍んでくるはず。
この目で見届けよう、と継母が姫君のようすを覗きにきます。
すると、姫君は床に突っ伏して激しく泣いているではありませんか。
「おや。苦しそうじゃないか。どうしたのかえ?」
「胸が……胸が痛むのです」
姫君は息も絶え絶えに答えます。
「そりゃ、かわいそうに。何かの罰が当たったのかもしれないねぇ。典薬助殿はお医者だから、診てもらったらいい」
「い、いいえ! だいじょうぶです。ちょっと風邪気味なのでしょう。お医者さまに診てもらうほどでは、ないようです」
「そうはいっても、胸の病は恐ろしいもの。念のため――」
と、そこへ、典薬助がやってきます。
「伯父上。ちょうどよいところへおいでなさいました。こちらへ」
「ひょひょ」
「落窪の君が胸を患っているようです。何かの罰があたったのかもしれませんが。診て、薬など飲ませてやってください。お願いします、ね」
継母は典薬助に意味ありげな流し目をくれて、行ってしまいます。典薬助がいるのだから、と安心して、小部屋の鎖はささないままです。
典薬助は、にい~っと笑います。
「私は医者なのですよ。あなたの病もたちどころに治して進ぜましょう。今夜からは、ひたすらに私を頼りに思うてくだされ。よろしいかな?」
とかなんとか言って、姫君の胸元をさぐって柔肌に触れちゃったりするではないですか!
好色爺さん、許すまじ!
姫君は激しく泣きますが、典薬助の不埒な真似を制止してくれる人は誰もいません。
ああ……なんてこと……!
どうしたらいいの?
絶望的な気分に追いやられ、泣きながらも、姫君はなんとか言葉を探します。
「て、典薬助殿。とても頼もしく思い申しあげますが、今は、今は、なんだか頭がぼーっとしてしまって、何が何だかわかりませんので――」
「頭がぼーっと? どうしたんじゃろう? 病のせいじゃな。姫君の代わりに、この典薬助めが、病を患うことにしよう」
爺さん、二枚目を気取ります。図に乗って、ひし、と姫君を抱きしめます。
●あこぎの助け舟
典薬助は、もうあの小部屋へ入ってしまっただろうか?
気を揉みつつ、あこぎがやってきます。
――あっ!
遣戸が細く開いています。
何を目にすることになるのか、と尻込みしたいような気もし、胸がしめつけられますが、あこぎは思い切って遣戸を引き開けます。
典薬助が姫君を抱きかかえて、しゃがみこんでいます。
キモい爺さん、来てしまったんだわ、やはり……。
絶望的な気分に襲われながらも、あこぎは抗議します。
「今日は姫君の忌日だと申しあげましたのに、お部屋へお入りになるとは、ひどいではありませんか」
「何を申すのじゃ。男女のことをしておったわけでない。お胸を診てさしあげよ、と北の方が姫君を私に預けなさったのじゃ」
そう答えた典薬助は、なるほど、まだ自分の装束の紐も解かずにいるのでした。――ただ単に、老人ゆえに、うすぼんやりしていて、もたもたしていたからでしょう。若い少将道頼の早わざに、完負けしていますね。
姫君は袖で顔を覆って、大泣きに泣いています。
今夜のできごとが、姫君にはトラウマになってしまうのではないかしら?
あこぎは姫君の不運に胸を痛めつつ、考えをめぐらします。
とにかく今は、何とかして、この好色爺さんをここから追い出さなきゃ。
「姫君、患部を温めるのがよろしいかと存じます。焼石※など、いかがでしょう」
「え……? ああ……そ……それがいいわね」
「典薬助殿。焼石を一つ捜してきてくださいませ。私などが頼んでも、どなたも寝静まっておられますので、誰も用意してくれないでしょう。てゆーか、典薬助殿が持ってきてくださらないことには、姫君へのご愛情の証しが立たない、ってものでございますわ」
典薬助は笑って、
「ひょひょ。そりゃそうじゃな。私はもう若くはないが、姫君が一途に頼ってくださるなら、それに応えたい。姫君がお望みなら岩山だって手に入れよう……とは思うが、それはちと難事じゃの。じゃが、焼石一つご用意するなど、たやすいこと。姫君への我が愛の炎で、石を焼いてみせようぞ」
誰がこんな気持ち悪い長台詞を言え、と?
あこぎはにっこり笑ってみせますが、ドン引きのあまり、頬が引きつってしまいます。
「まあ、典薬助殿、よくぞおっっしゃってくださいました。ならば、早よ、行け――いえ、お行きなさいませ。早ければ早いほど、まことの愛の証しとなりましょう」
このように言われたからには、行かにゃならんな、と典薬助は思います。
姫君はわしに心を開いてくれたようじゃから(うむ、あの信頼のまなざしを見ればわかる)、一安心じゃ。さあ、これから、わしのまことの愛の証しを立てようぞい。
証し、証し~~♪ 焼石、焼石~~♪
ひょこひょことマンボステップを踏みつつ、躓きこけつつ、典薬助は部屋を出ていきます。
※焼石――温石ともいいます。炭火で熱した石を布にくるんで、懐炉として使います。




