パッキャマラド、パッキャマラド♪
●女房の少納言、姫君の不運を知る
女房の少納言が、あのレディキラー弁の少将の文を言付かって、あこぎの部屋を訪ねてきます。
少納言が姫君の縫い物を手伝った夜から、まだ丸二日は経っていません。弁の少将は、やはり落窪の姫君にご執心のようです。少納言をせっついたのでしょう。
「あこぎさん、姫君はどちらにいらっしゃいますの?」
「実は……」
あこぎは涙ぐみながら、これこれと説明します。
「まあ! 姫君はどんなお気持ちでおいでなのでしょう。なぜ、こんな目にお遭いなさるのでしょう」
少納言は驚き、あこぎともども、嘆き悲しみます。地獄耳の北の方に聞かれないように、忍び泣きです。
この少納言は、後に、あこぎとともに姫君親衛隊の一人となって、中納言邸には、おさらばしていきます。勝ち組に加わるのです。
●笛の袋
日が暮れるにつれて、あこぎはやきもきします。
右近少将の君(道頼)のお文を、なんとかして姫君に手渡さなくては。
そのころ。
継母は、閉じ込めている姫君に、笛の袋を縫えと命じます。
蔵人の少将の笛を入れる袋です。
大きすぎず小さすぎず、きっちりきれいに縫って、房付きの括り紐も縫い付けなくてはなりません。体操着入れとか給食袋とかをこしらえるより、どう考えても手間がかかりそうです。
例によって、継母は急がせます。
「さっさと仕上げるんだよ。今すぐ必要なんだから」
なら、そのへんのホムセで買ってくれば?と言い返してやればよさそうなものですが、そういう態度は姫君はとりません。
ただ、体の具合が限界に来ているのでした。起きあがることもできません。
「気分が……とても……悪いものですから……」
「何か言ったかえ? これを縫わないなら、下部屋へ押しこんでやろうかねぇ。こういう仕事を頼むために、おまえをここに置いてやっているんだよ」
姫君は、スタンガンを押しあてられたかのように、びくっ、とします。
下部屋は、下級の奉公人が寝起きする場所で、寝殿造りの敷地内では、本棟とは離れた場所、主に北側の庭の隅っこあたりに建てられることが多いようです。粗末な家屋です。
下部屋には床板なんて無くて、地面の上に筵が敷いてあるだけなんじゃないかしら?
そんな所へ私を押しこめる――北の方さまなら、なさるだろう。
姫君は、苦しみながらも起き上がり、笛の袋を縫うのでした。
鬼ババ継母は、横にじっと張りついて、監視します。ふーん……笛の袋ってのは、こういうふうにこしらえるのか、なんて感心しているのです。手先の不器用な鬼ババ。
●パッキャマラド♪
小部屋のそばまでこっそりやってきたあこぎは、あっ、と小さく声をもらします。
入口の戸が、わずかに開いているのです。
今がチャンスと見たあこぎは、急いで、三郎君を呼んできます。
「このあいだは、お頼み申したことを引き受けていただいて、嬉しゅうございました。また、お願いしてもよろしいですか?」
「いいよ」
「このお文を、北の方さまがご覧になっていらっしゃらない隙に、姫君にお渡しください。決して、決して、北の方さまに気づかれないように、なさってくださいませ」
「わかった。まかせておいて」
三郎君は、小部屋のなかへ入っていき、姫君の隣にちょこんと座ります。
笛を手に取って眺めたり、くるくる回したり、遊んでいるふりをしていましたが――隙を見て、姫君の衣のなかへ文をすっと入れてしまいます。
「おまえ、何をしているんだね? 蔵人の少将殿の笛をおもちゃにしては、なりませんよ。こっちへ、およこし」
母親=北の方が三郎君を睨みつけます。
三郎君は笛を母の手に押しつけ、スキップしながら、小部屋を出ていきます。
オ、パッキャマラド、パッキャマラド、パオパオパンパンパン♪
やがて、縫い上がった袋を手に、北の方も姫君のそばを離れます。
「蔵人の少将殿! 蔵人の少将殿! 袋が縫い上がりました。お笛の袋が――」
ドラ声を放ちつつ、母屋のほうへ行ってしまいます。
姫君はようやく少将道頼からの文を読むことができます。
けれど、返事をしたためようにも、筆も硯もありません。
あるのは縫い針だけ。
受け取った文の余白に、針で文字を刻みます。※
『人知れずお慕いしているこの胸のうちの思いも告げないまま、はかなく消える露のように、私は死ぬほかない運命なのですね』
※針で指先を刺して血で書いた、というような記述はありません。針で和紙を引っ掻いて書いた、と理解すべきところのようです。
そこへまた継母が、ドラ声を張りあげながら戻ってきます。
「笛の袋は上出来だったこと。――おっと、遣戸※を開けっ放しにしているとおっしゃって、殿(中納言)がお怒りだわ」
継母が遣戸に鎖をさして行ってしまおうとするので、姫君は咄嗟に言います。
「あこぎに、櫛箱を持ってくるように、お伝え願えますか」
うっせーわ!とは、このときの継母は言いませんでした。笛の袋が上出来だったので、機嫌がよかったのでしょう。奥へ向かって、ドラ声でがなります。
「あこぎぃ! 落窪の櫛箱を持っておいで!」
あこぎが櫛箱を持って走ってきます(落窪の間は、継母が封鎖したはずですが、櫛箱を取りにいけたようです)。
櫛箱があこぎの手から姫君へと渡るあいだに、姫君の返事(返歌)が書かれた文が、あこぎの手に渡ります。あこぎは文をすぐに懐にしまいます。
そして、それは道頼の手元へ届けられるのでした。
※遣戸――枢戸がいつのまにか遣戸になっていますが、遣戸も枢戸も並んで付いていたのでしょう。




