好色爺さん、にい~っと笑う
●継母、典薬助に話をもちかける
継母は残酷な想像を楽しんでいます。
姫君が閉じ込められた小部屋のなかで、飢えと渇きに苦しみながら、痩せ衰えていく姿です。
いひひ、と笑って――だけど、と考えなおします。
死なれちゃ、裁縫女として召し使えなくなるわね。
一日に一食は、残飯でもあてがってやろう。
さて。
継母は、あたりに誰もいないころあいを見計らって、伯父の典薬助を呼び出します。
「お呼びたてしましたのはほかでもない、ご縁談のことですの。伯父上もお寂しいでしょう?」
「ひょっ? わしの縁談話ですかいの?」
「伯父上に落窪の君と結婚していただければ、と」
「ひょっ? ひょっ?」
「実は、みっともないことですけど、あれは帯刀と通じてしまい、殿(夫の中納言)の逆鱗に触れてしまいましたの。今、小部屋に閉じ込めてあります。そのようなわけですから、あとは伯父上にお任せいたしますわ。ふふふ、おわかりですわよね?」
「ひょひょひょ~、嬉しや♪ たまげるほどに嬉しや♪」
にい~っ、と笑う典薬助。口が耳まで裂けます。
(口は耳もとまで笑みまげてゐたり)
「今夜、落窪の君のいる部屋をお訪ねください。きっと、ですわよ」
継母が念押ししているところへ人が来たので、典薬助はそそくさと立ち去ります。六十歳が二十歳に若返ったかのような足取りです。
※典薬助――典薬寮(医薬を司る役所)の次官。従六位上あたりが相当位階のようです。六十歳で従六位とは、かなり残念な身分ですね。ぱっとしない身分の好色ジジイは、ほとんどの継子物語に登場する定番キャラのようです。そして、ほとんどの物語で、好色ジジイはプリンセスに指一本触れることかなわず、地団駄踏んで退場することになるのですが、典薬助は何やら、しでかしそうです。
なお、ここで注目していただきたいのは、典薬助は姫君と正当に「結婚」するつもりでいた、という点です。『竹取物語』に登場する、かぐや姫の求婚者と同じ立場にあるわけですね。
典薬助は、スタミナドリンク飲んで、あやしげな錠剤も服んで、パンツも穿き替えちゃって、口臭ケアスプレーもしゅぱしゅぱしちゃって、夜に備えます。
「わし、新郎!」
●道頼からの文、帯刀からの文
道頼からあこぎに文が届きます。姫君宛ての文が同封されています。
あこぎに宛てて、
『必ず必ず、私の手紙を姫君に渡してください。お返事をいただいたら、私の気持ちも慰められるでしょう』
姫君に宛てて、
『私の大切な姫君、心を強くお持ちください。あなたと一緒に私も閉じ込められたい』
帯刀からも、あこぎに宛てて文が届きます。苦悩しているという文面の末尾には、
『姫君のことが心苦しく、お気の毒で、私はもう出家して法師になるほかないと思っています』
姫君、少将道頼、あこぎ、帯刀――それぞれの運命や、いかに?
続きはぜ~んぶ第二巻に書いてあるはずです、と元の本に書いてあります。
(「二の巻にぞことごともあべかめる」とぞある※)
※とぞある――当時、物語は人から人へ貸し出され、筆写されて拡散したわけです。巻一の終りに巻二の宣伝をしっかり書き込んだのは原作者だったかもしれませんし、二番目か三番目に筆写した読者だったかもしれません。でもその後は、筆写されるたびに「~~~とぞある」と書き写されていったのですね。
また、「~~~とぞある」、「~~~とぞ本に」などは、単に物語の最後を「了」の字で締めくくるのと同じ文章作法でもあったようです。つまり、原作者でもこのように書いた、ということです。
そうであったとしても、女性が自分の赤裸々な男性遍歴などを書いて、文末にしれっと「~~~とぞある」と記して、友人たちに閲覧に回しちゃう、なんてことも可能ですよね。




