お約束のじれったさ
●少将道頼、事の顛末を知って嘆く
日が暮れます。
中納言邸へやってきた少将道頼は、あこぎから事の顛末を聞かされます。
「オーマイガッ……! 姫君はどんなお気持ちでおいでだろう。私のせいだ。私のせいで、こんなことになってしまった!」
道頼は嘆き、牛車のなかでちびちび飲んできたビールの空き缶を握りつぶします。スチール缶です。
「くそっ!」
握りつぶした缶を蹴り上げ(道頼よ、空き缶は所定のゴミ箱へ、だ)、あこぎに言います。
「人目につかないときに姫君のおそばへ行って、私からの伝言を伝えてほしい」
「どんなご伝言ですか?」
「よく聞いて――」
『今夜は急いで逢いたいと思って内裏から直行したというのに――牛車のなかで着替えたんだ――あなたに逢えないなんて。こんな事が起きてしまったなんて。途方に暮れています。あなたはどんな思いをなさっておいでかと、気が気ではありません。あなたに逢うには、どうしたらいいのか、思い悩んでいます』
「あこぎ、復唱して」
「はっ、はいっ――今夜は宿直もサボって駆けつけたのに、あなたに逢えないなんて」
以下、略。
伝言の内容は、どうにもこうにも頼りないものですね。
ここから続く数段、道頼のアクションは、お世辞にもスピーディとは言えません。
このあたりは作者のご都合主義なのですが、あいかわらず物語は面白く展開していくので、赦せちゃいます。
ここで道頼がさっさと姫君を救出してしまうと、典薬助という色ボケ爺さんの出番がなくなってしまうのです。
色ボケ爺さんに乞うご期待!
●あこぎ、道頼の伝言を姫君に伝える
真夜中。
道頼は、あこぎの部屋で、帯刀と待機しています。
あこぎは、衣擦れの音がしないように、軽装になります。長袴(侍女のそれは丈が短め)の裾をたくしあげ、姫君が閉じ込められている小部屋の前まで忍んでいきます。
人々は寝静まっているようです。
「もし。姫君」
あこぎは小声で呼びかけ、戸をそっと叩きます。
返答がありません。
「おやすみになられたのですか? あこぎです」
姫君は、はっとします。
「どうやってここへ来られたの?」
言いながら、もう泣き声になってしまいます。
「なぜ、こんなお咎めを受けることになってしまったのでしょう……」
あこぎも泣いてしまいます。
「北の方さまが大殿さまに、ありもしないことをお話しになったんです。姫君と帯刀が通じている、などと」
「まあ……そんな……!」
戸の向こうで姫君が泣きじゃくるのが、あこぎの耳に届きます。
あこぎが道頼の伝言を伝えると、姫君は、
「今は何も考えられません。どうお返事していいのか、それもわからない……。私はもうすっかり消えてしまった。生きてはいません。そんな気がします。ふたたびお逢いするのは難しいことのようです。――そうお伝えしてね」
「姫君……」
「ここはとてもいやな臭いがするの。耐えられないわ。いっそ死んでしまえば、この苦しみから逃れられるわね」
姫君の言葉に、あこぎは胸が張り裂けそうになります。
誰かが目を覚ましたら、まずい。
あこぎは自室へ戻ります。
●地獄耳の継母が目を覚ます
自室に戻ったあこぎは、姫君の伝言を道頼に伝えます。
道頼は、姫君への思いが募ってきて、涙ぐんでしまいます。直衣の袖で目頭を押さえます。しばらく躊躇っていましたが、
「あこぎ。もう一度、伝言を頼む」
「はい」
「私の大切な姫君。今夜、逢うことができなくなったと聞いて、私も生きて明日を迎える気になれなくなりました。ああ……こんな不吉なことを思うべきではありませんね」
う~ん、道頼クン、不吉と承知しながら、なんでそんな余計なことを言う? ぜんぜん姫君の慰めにならないじゃない、ボケカス――というつっこみは抑えましょう。
あこぎは、ふたたび、姫君のもとへ参上します。
足音を忍ばせていたつもりでしたが、リフォームが延び延びになっていた古い床板の一部が、ピキッ!と鳴ってしまいます。運悪く、ちょうど、中納言と北の方の寝室の前です。
地獄耳の北の方=継母が、目を覚まします。
「今、足音がしたね。あやしい」
襖障子の向こうで継母が言うのが、聞こえてきます。継母は地声が大きいようです。
やばっ!
あこぎは生きた心地もしません。
とにもかくにも小部屋の前まで来ると、小声で超早口に道頼の伝言を伝えます。
「長居すると、やばそうです。戻ります」
「待って、待って! 私からの伝言は――すぐに心変わりするお方だと、あなたのお心を疑った私の心のほうこそ、先に消えてしまうでしょう」
「すみません! また参上いたします」
姫君の言葉を最後まで聞きとることができないまま、あこぎは自室へ戻ります。
「北の方が目を覚ましちゃったようなんです。姫君のお言葉を最後までうかがえずに戻ってきてしまいました。お赦しくださいませ」
道頼は、もう握りつぶす空き缶も無く、自分の膝を思いっきり叩きます。
鬼ババめ! 寝室は母屋か? 今すぐ乗り込んでいって、ぶっ殺してやりたい!
そんなことを道頼は思うのでした。
(少将、ただ今も這ひ入りて、北の方を打ち殺さばやと思ふ)
興奮して、こういうことを思ったり口ばしったりするキャラクターは、『源氏物語』などには、さすがに登場しませんね。『落窪物語』の作者はやはり男性なのだな、と感じさせる部分です。この毒気が、たまりません。
●帯刀、中納言邸を去る
一夜が明けます。
少将道頼、あこぎ、帯刀。
三人とも嘆きの朝を迎えます。
「姫君を連れ出せるチャンスがあれば、すぐに知らせてほしい」
と道頼はあこぎに言いおいて、迎えの牛車に乗ります。
帯刀は、姫君と通じているなどという恥ずかしい噂を中納言も聞き知っていると思うと、いたたまれず、中納言邸を後にします。道頼の乗る牛車の後部に、同乗させてもらったのです。
牛車は、ふつう四人乗りで、後部が末席です。
恥ずかしい噂というのが、真実ならまだしも、おぞましくも捏造されたものだという点に、帯刀は耐えがたいものを感じたのでしょうね。




