中納言、鬼畜と化す
●鬼ババとダメ親父の婦唱夫随
継母は一晩寝ずに考えたトンデモ計画に着手します。
夫の中納言の耳に、でっちあげを吹き込むところから、始めます。
「いつかこんなことが起きるんじゃないかと懼れていたことが、起きてしまいましたわ。落窪の君が、とんでもなくみっともないことを、しでかしましてよ」
「うん?」
「ああ、困った……。相手が、なまじ、ウチの関係者なんですもの。始末が悪いったら……」
「何事だ?」
「小帯刀のことですわよ。三の君の婿殿、蔵人の少将殿の従者ですわ」
帯刀は、数箇所で、小帯刀とも書かれています。小童の帯刀、ですね。
「小帯刀は、落窪の君に仕えるあこぎのもとへ通っているのだと思ってましたのに、すばしこい奴ですわね、なんと侍女じゃなくて本丸の姫君と関係を持ってしまったんですわ!」
「本当かっ?」
「帯刀は、間抜けなことに、懐に入れていた落窪の君からの恋文を落っことしたんです。蔵人の少将殿がそれを見つけなさって――まあ、あの婿殿は詮索好きなところもおありなので――誰からの文なのかと、帯刀を問いつめなさったのですよ。で、帯刀は隠しもせずに白状しましたの。落窪の君からの文だ、と」
「な、なんと!」
「三の君は、蔵人の少将殿から嫌みを言われたそうですのよ。『なんとも立派な相婿(姉妹の婿)をお迎えになったことですね。私は小帯刀の義兄ですか。マスコミが騒いで、ネットじゃ祭りになることでしょうよ。帯刀がここへ通ってくるのは断固阻止してください。いい迷惑です』」
「なんたること!」
中納言は、リポビタンDⓇでも飲んだのか、老いているわりには力強く爪弾き※をするのでした。
※爪弾き――不快や不同意の意思表示。中指の爪(の内側)に親指の爪(の外側)をくいこませ、プチンプチンと弾くのでしょうか。ある程度爪が伸びていないと、できませんね。公卿会議などで、若造がトンマな発言をすると、重鎮がぎろりと睨んで、爪弾きをします。
継母は、トイプードルにWanちゅ~るⓇを舐めさせながら、でっちあげの細部の仕上げにかかります。
「夫を寝取られたあこぎも気の毒なこと……」
「落窪も、取り返しのつかないことをしでかしてくれたものよ。世間にはあれも中納言家の娘と知れているのに、よりによって、あのように冴えない身分の男と通じるとは」
「帯刀は六位でしたかしら?」
「ああ。じゃが、六位※といっても蔵人※ですらない。ただの地下※に過ぎぬ。二十歳そこそこの、ちんちくりんな男ではないか。あんなのを相手に選んで、親の顔に泥を塗るとは! 相手の男がせめて受領だったなら、目をつぶってやったものを」
「殿、私に考えがありますの。この不始末を世間に知られる前に、落窪の君をどこかの部屋に閉じ込めてしまうんですわ。そうして、見張っておくんです。落窪の君は帯刀に夢中になってるようですから、駆け落ちだってしかねませんわよ」
「そりゃ、まずい」
「ええ。ですから、しばらく閉じ込めて時間を稼ぎましょう。そのあと、殿がどのようにもご処置あそばしたら、よろしいんですわ」
ダメ親父、丸め込まれます。
「それがいい。今すぐ手を打とう。あれを落窪の間から引きずりだして、北側の納戸部屋へにでも閉じ込めてしまえ。食事など与えなくともよいわ。死ぬまで折檻してやるわい」
中納言は、耄碌して判断力ゼロの状態なのでしょうか、邪悪な計略に積極的に加担するのでした。
※六位――位階(身分)のひとつ(一位~九位が細かく分かれ、30階級あります)。六位の集団に含まれるのは、主に受領階級の子弟など。五位以上~四位以下が中級貴族。三位以上が上級貴族。貴族の子弟は、元服後、最低でも従五位下からスタートします。六位と五位との境界は、はっきりしています。
※蔵人――ここでは「六位の蔵人」として内裏の「殿上の間」へ出入りすることを指しています。六位の蔵人の仕事は、帝の御召し替えや理髪、お食事のお世話などですね。六位の蔵人を6年間勤めると、五位を賜り(貴族の最末端への仲間入り)、受領へと転身する切符を手に入れることができます。
※地下――「殿上の間」に上ることをゆるされない身分、あるいは、その状態。対になる言葉は殿上人です。ちなみに、殿上人は御代ごとにメンバー表が組み直されます。一度殿上人となっても、御代替わりで地下へ戻される(メンバー表から外される)ことがあるのです。殿上人=貴族という意味ではありません。
●姫君、落窪の間から引きずり出される
鬼ババ継母は、満足の笑みを浮かべつつ、着物の裾を高々と引き上げて、落窪の間へやってきます。
「落窪、ずいぶんと情けないことをしでかしておくれだねぇ。ほかの子供たちの面汚しだとおっしゃって、父上がお怒りになっておいでだ」
「面汚し――?」
「父上が、落窪をこの部屋に住まわせるな、どこかへ閉じ込めろ、私も監視する、とおっしゃっていてね。今すぐここから追い立てて、連れてくるように、と命じておいでなのだよ。さあ、来るんだよ、こっちへ!」
「お母さま、お待ちください! なぜ? なぜですの? 私にはわけが――」
姫君は途惑い、動揺し、激しく泣きますが、容赦するような鬼ババ継母ではありません。その腕力はすさまじく、ほっそりして小柄な継子を、苦も無く引きずっていくのでした。
あこぎ! あこぎはどこにいるのでしょうか?




