継母、裁縫テロを仕掛ける
●少将道頼、姫君を連れ出す決心をする
六日目の晩、再び、少将道頼は姫君のもとへ通います。
「私の文にどうして返事をくれなかったの?」
「それは……あの……北の方さまがおいでになられたのです。時間がございませんでした」
苦しい嘘でごまかす姫君でした。
さて、翌朝――。
道頼、またも帰りそびれてしまうのでした。
姫君とのお別れのいちゃいちゃが長引いたのです(おそらく)。
奉公人たちが起きだして、仕事を始めています。これでは、中納言邸から忍び出ようにも出られません。人目についてしまいます(そうなるのはわかりきってたでしょ、というツッコミは抑えてくださいませ)。
落窪の間で、道頼はごろんと横になって、姫君にあれこれ話しかけます。
「四の君というのは、おいくつぐらいなの?」
「十三、四歳ぐらいです。おかわいらしい姫君です」
「じゃあ、あの話は本当なんだ」
「あの話?」
「実はね、こちらの中納言殿が、四の君と私との縁談に乗り気だとか」
「…………」
「四の君の乳母が、私の父の侍女の一人と懇意でいるらしくてね。父の侍女に手紙をよこしたらしい。その手紙によると、こちらの北の方も大乗り気だそうな。で、父の侍女が私の乳母に、こうこうと説明したらしい。乳母というのは世話焼きだからね。私に、いかがなさいます、いかがなさいますと、このごろうるさくてね」
「そうなのですか……」
「私はあなたと結婚したことを正式にマスコミ発表したいんだけど、そうしてもいいよね?」
姫君は困惑します。
中納言ばかりでなく、北の方=継母が、四の君と少将道頼との縁談を進めようと考えているならば、継子である自分の出番はない。自分がすでに少将道頼の妻だと知れたら、私はバズーカ砲で吹き飛ばされ、それでもおさまらず、そこらじゅうにミサイルが着弾してしまう。――姫君はそのように思い悩みます。
「それは……困ります」
どこかまだ幼さの残る目もとに涙が浮かんでいます。道頼はいとおしく思います。
「あなたが困るなんて、私が辛い。こんなふうに人目をはばかって通ってくるのも、もうバカらしい。ちゃんとした邸を用意する。あなたはそこへ引っ越すんだ。いいね?」
姫君はこっくりと頷きます。
「少将の君さまのお心に従います」
「じゃあ、決まり」
ハグ&キス。
二人はまた、ラブラブモードに入ります。
●継母、裁縫テロを仕掛ける
道頼が落窪の間でごろんちゃらんしていると、継母が、裁断済みの袴の生地を使いの者に持たせてよこします。
「蔵人の少将の君さまのお袴です。蔵人の少将の君さまは、賀茂の祭りの舞人をおおせつかったそうです。北の方さまは、たいそうパニクっておいでです。この袴、すぐにお仕立てください。裁縫のお仕事は、ほかにも山のようにあるそうです」
賀茂の臨時の祭り(毎年恒例でも臨時の祭りと呼びます)の舞人に選ばれるのは、大変な名誉です。
蔵人の少将を婿取っている中納言家は、真新しい装束一揃いを用意しなければなりません。
「承りました。すぐにとりかかります」
姫君はそう返事をしましたが、道頼は不服そうです。
「ノンノンノン。あなたが縫い物にしゃかりきになったら、私一人、ここでのんびりするのも気がひける。そんなの、うっちゃっておけばいい」
「そういうわけには……」
そうこうするうちに、今度は継母本人が、裁断済みの下襲の生地を持って、落窪の間に乗り込んできます。
もちろん道頼は、一瞬早く、例によって几帳の陰に隠れたのです。継母はドスドス足音をたててやってくるので、事前に察知できたのですね(おそらく)。
下襲は、上着に長い長い裾が付いたような衣で、いわゆる衣冠束帯姿の一部を構成するものです。ものすごく仰々しい装束で、これを手縫いするのは、どれほどの重労働だったことでしょう。
継母は、袴の縫製が手つかずになっているのを見て、ギョロリと目を剥きます。
「袴はとっくに縫い上がっていると思ったのに! 私を舐めてるのかえ?」
「申し訳ございません。気分がすぐれなかったものですから、ちょっとぐずぐずしてしまいました。お袴は、今すぐ、お仕立てもうしあげます」
「今すぐ? 寝ぼけ半分にいきなり立ち上がろうとする馬みたいに、慌てふためいているそのザマは何だい? 猫の手も借りたいほどに忙しいから、おまえにも裁縫仕事を頼んでいるのだよ。この下襲も仕上げられないようなら、もうこの邸にはおいておけないね。とっとと出ておゆき!」
継母は、下襲の生地を姫君に投げつけ、部屋を出ていこうとしますが、そのとき――
「おや? そこの直衣は誰のものかえ?」
ドキッ!
そばに控えていたあこぎの心臓が跳ね返ります。
道頼が脱いでそのままになっていた直衣が、几帳の端からのぞいていたのです。
咄嗟に、あこぎは言いつくろいます。
「姫君が、ある人から仕立てを頼まれたものです」
「ふん! よそからの頼まれものを先に縫って、私が頼んだものは後回しにするのかえ? よくこの邸で寝起きできるものだね。どういう神経をしているんだろう、まったく!」
ドスドスドス。
鬼ババ継母は部屋を出ていきます。
この展開を、道頼は几帳の陰で見ていました。
部屋を出ていく継母の後ろ姿は、先日とは印象がずいぶん違います。
継母は、七人も子供を産んだからでしょうか、髪が薄くなっています。その髪も長さは腰のあたりまでしかありません。
ありゃりゃ。
髪がはげちょろだ。それにぶくぶく太ってるじゃないか。このあいだは口もとの色っぽさにばかり目が行って、気づかなかったけど。
女の年齢ってのは、後ろ姿でわかってしまうものなんだな。
――どんなときも、女性観察を怠らない道頼ではあります。
継母がいなくなったあと、道頼は几帳の陰から出てきて、姫君に話しかけます。
「縫い物なんて放っておけばいい。北の方を激おこにしてやったら、おもしろいよ。北の方は姫君をずっとあんなふうに扱ってきたの? 許しがたいね、まったく」




