第74話 アルの初恋の話、そして。①
「わぁ! 懐かしい……!」
鏡台に映る自分の姿に感嘆の声を上げる。
世話焼き王子アルが今日の髪型に選んだのはツインテールだった。スルスルと器用な手捌きで結い上げていく様はいつ見ても圧巻だ。
小さい頃、パステルダールの領地に居た時は好んでこの髪型にしていた。アルもピョンピョン、うさぎみたいだって喜んでいたっけ。ホント懐かしい……
アルも感慨深いのか目を細めながら微笑んだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
その後、露わになった首筋にツツッと指を這わせてきた。くすぐったくて思わず首を竦める。
だが鏡越しに映るアルの表情は何処か優れなくて。
「最近痩せてきたな」
「そうかな?」
首を傾げる。自分では実感がないのだけれど。
このところの食欲不振を、アルはいつも心配してくれている。
「いつも折れそうなほど細いと思っていたけど、今じゃ消えて無くなりそうで怖いよ」
「そんな馬鹿な」
やや茶化しながら答えても、アルは悲しげな表情を崩さない。
私の前に跪き、両手を握りしめてくる。
「一度きちんと宮廷医の診察を受けてみないか。俺も付き添うから」
「私、元気よ?」
「俺が安心したいだけなんだ。何もないならそれに越したことはないよ。俺の為に診てもらって欲しい。頼む」
う〜ん、と少し思案したが、心配性を炸裂させるアルがそれで満足してくれるなら……と思い直し、頷いた。
「今日は王妃様とのお茶会があるから……その後でよかったら」
「わかった。終わる頃、迎えに行くよ」
ホッと表情を和らげたアルは、私の手の甲に口づけを落とした。
最近いろいろあったからね……
ストレスで胃がお疲れ気味なだけだと思うけど。
なんて暢気に構えていた。この時は。
◇
王妃様とのお茶会の時間になった。
そこは王宮の庭園にある四阿で、咲き誇るキングダムローズが見渡せる、とても美しい場所だ。王妃様もお気に入りで、天気の良い日はもっぱらここでお茶会をすることが多い。
世間話を交えながら会話を楽しむ。
王太子妃(仮)としての仕事をよくやってくれているとお褒めの言葉を賜り、単純な私はテンション上げ上げだ。普段はお優しい王妃様だが、公務となると鬼教官なので、これは本当に嬉しい。
「厳しくするのも、全て貴女のためなのよ?」
「はい。心得ております」
王妃様は、ふっと笑って、紅茶を口にした。
「実はね、アルベルトに叱られてしまったの。貴女に対して厳し過ぎやしないか、もう少し手加減してやってくれって」
「え」
な、なななんと!
アアアアルぅぅぅ!!
あれほど口出ししないでってお願いしたのにぃ!
「勿論、私も反論したわよ。女性の仕事に口を挟むものではない、貴方のように甘やかすだけが愛情ではないのよってね。後で困ることになるのはヴィーちゃんなんだから。そうしたらあの子、今度は私を狸呼ばわりしてきて、本当に腹立たしいったら」
背中を冷や汗が伝った。
戦々恐々と王妃様を伺うが、特に怒った様子もなく、口元には笑みを浮かべている。
私はホッと胸を撫で下ろした。
「本当にヴィーちゃんのことが心配で心配で堪らないのね。過保護過ぎるのも考えものだけれど」
それから王妃様は遠くを見つめながら語った。
「あの子は昔、いろいろあってね……小さな頃は感情なんて何処かに置き忘れてきてしまったような無気力で気難しい子だったのよ。誰にも逆らわず、何も欲しがらず、言われたことを淡々とこなすだけ。当時から優秀ではあったけれど。ただ見目好いだけのお人形さんみたいだった。今では考えられないでしょう? あの子をここまで変えてくれたのは貴女なのよ」
「そ、そんなことは……私は何も」
以前、お父様にも同じようなことを言われたっけ。私の存在がアルを良い方向に導けたのなら、それは幸甚の極みだ。でも私としてはそんな認識ないんだよね。ただ一緒に遊んで、当たり前のように傍にいただけ。
それから懐かしむように語る王妃様の言葉に、私は黙って耳を傾けていた。
「アルベルトが7歳くらいの頃だったかしら。ある時、私に耳打ちしてきたの。『僕、宝物見つけたよ』って。何のこと?って尋ねたら、好きな子が出来たんですって」
「へぇ……」
えっと……?
王妃様は今、何の話をしようとしているの?
「王宮で迷子になってた、宝石みたいな澄んだ瞳の女の子だって言っていたわ。プロポーズまでしたんだって、それはもう楽しそうに話すものだから、こっちまで嬉しくなってしまってねぇ。あの子が何かに興味を示すのなんて初めてのことだったから。どうしてもあの子の初恋を叶えてあげたいなってその時思ったの」
「初恋……ですか」
アルの初恋の話……?
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