第75話 アルの初恋の話、そして。②
心がチクチクする。
私の初恋はアルだけど……アルは違ったんだね……
ちょっとしょんぼり悲しい気分。
「でも同時にそれは難しいかもしれない、とも思ったわ。あの子は曲がりなりにも正統な王家の血筋なのよ? あと数年もすれば政略結婚を強いられることになる立場なのだから」
「そう、ですね……」
チクチクチク。
チクチクチク。
心に無数の棘が刺さっていく。
「それでね、どこのお家の子なの?って聞いたら、『パステルのおじさんちの子』だって言うじゃないの」
………………ん?
…‥それって……
「パステルダール侯爵家のお嬢さんだったら身分的にも家柄的にも何の問題もないのだけれど、諸手を挙げて賛成とはいかなかった。それどころか、少々厄介な相手だなって思ったの。何故だかわかる?」
「ええと……どうしてですか?」
「陛下が以前からパステルダール家の後ろ盾を欲しがっていたからよ。貴女はあまり意識していないみたいだけど、パステルダール家は巨大よ。その影響力は計り知れない。だから当時の王太子の婚約者に据えたがっていた。その時はまだ具体的にではなかったけど、私はそれとなく話は聞いていたの」
ジークフリート様の婚約者……
ザワザワと胸が騒いだ。
「どうしたものかと思案していたら、その時アルベルトが言ったの。『母上、手出しは無用です。欲しいものは自分の力で手に入れてみせますから』ってね」
「………………」
「そして本当にそれを実現してしまった」
私は泣きたくなった。
いつの間にか『アイロン』の舞台が整いつつあったなんて。
そしてそれを阻止してくれたのは。私の破滅を回避してくれたのはアルだった。
アルが7歳ってことは、私は6歳。
実はその頃の記憶は結構曖昧だったりする。前世を思い出したのがちょうどその頃で、いろいろな出来事がごちゃ混ぜになって混在していた時期。だから抜けている記憶も多々あるんだよね。
王宮で迷子に……? そんなことあったっけ?
そんな昔に出逢っていたんだね、私たち。
すっかり忘れてしまっていた私に、アルはどうして何も言ってくれなかったの? 薄情者って責めてくれてもよかったのに。
再び出逢って恋をして、私たちって赤い糸で結ばれた運命の恋人同士のよう。
……ちょっと違うか。
その運命はアルが作ってくれたもの。交差するはずのなかった歯車を決死の思いで噛み合わせてくれたのは、紛れもなくアルなのだ。
「あの子は本気よ。絶対にヴィーちゃんを疎かにすることはないわ。断言してあげる。だからヴィーちゃん。決して負けないで。今、周りにはとやかく言ってくる人がたくさんいるでしょう。でもその言葉に惑わされてはダメ。気を強く持って。アルベルトを幸せに出来るのはヴィーちゃんだけなんだから。それを忘れないであげて」
王妃様のお言葉が心に沁み入る。
こんなにも心強い味方がいる。私を想ってくれる人がたくさんいることに感謝しかない。
「……はい。ありがとうございます」
私は本当に恵まれているな……
照れ臭くなり、そこで調子に乗ってしまった。
焼き菓子をひとつ掴んで口に含もうとして……手を止めた。すごく美味しそうだし、実際美味しいに決まってるんだけど、匂いだけで胸焼けがする。
すると怪訝に思った王妃様に尋ねられた。
「あら、どうしたの?」
「最近、甘いものが胸につかえるんです……」
私は正直に答え、ごめんなさい、と頭を下げた。
王妃様は少し目を瞬いて、黙り込んでしまった。
え……何か怒らせちゃったのかしら……
不安が押し寄せる。
しばらく沈黙が続いた後、王妃様がやや声色を下げて言葉を発した。
「ねぇ、ヴィーちゃん。よく聞いてね」
真剣な表情の王妃様。
私は思わず姿勢を正す。
何を言われるんだろう……と、緊張する。
「ヴィーちゃんは素直でおおらかで裏表がなくて。とても良い子で、私は大好きよ。貴族なんて感情を隠した腹芸に長けた者ばかりだもの。貴女と居ると気が抜ける。いい意味でね。あの子も、貴女のそんなところに惹かれたんだと思うのよ。仕事も立派に勤め上げてくれているし、王家の一員として迎え入れることに、私は大賛成なの。勿論、未熟なところもたくさんあるけれど、それはこれからの頑張り次第ね。ヴィーちゃんなら大丈夫。……でもね、貴女、ちょっと自分のことを蔑ろにし過ぎるわね。無頓着というか無防備というか。そんなことでは駄目よ。自分にも目を向けて。もっと自分を大切にしなさい」
こ、これは……
褒められてるの?
それとも貶されているの?
わからない……
わからない…………
「自分でちっとも気がついていないみたいだから言ってあげるけど」
そして。
ちょっと溜息をつきながら言われたことは。
「ヴィーちゃん。貴女……妊娠してない?」
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* 本年最後の投稿です。来年も引き続きよろしくお願いします。




