第71話 縁談の打診
なんだかその日以降、体調が思わしくない。
身体が重く感じて寝ていることが多くなった。眠くて眠くて仕方がないのだ。
立ちくらみも頻繁だし、食欲もあまりない。
大好きだったお菓子も食べたいと思わなくなってしまった。
アルなんかは渋い顔して、宮廷医を呼ぶって大騒ぎするし。断ったけど。
アルはいつも大袈裟なんだから……でも心配かけちゃって、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
あの日からずっと考えてる。
ジークフリートのこと。
ミコリリィのこと。
ミルーシュ公国のこと。
……戦争のこと。
私なんかが考えてもどうしようもないんだろうけど、どうしても思考がぐるぐると止まらない。なるようになるさ!と楽観的に思うことが到底出来そうもない。
私はアルが大好きだ。
アルの治めることになるこの国も、もちろん大切。
アルが変えてくれたこの世界を、私も守りたいのだ。
私が出来ること、そして為すべきことって何だろう……
◇
ある時、お兄様が愚痴っていた。
アルに、シールニア王国からの縁談の話が来ているんだって。相手は言わずもがな、第二王女レイシア姫。
断っても断ってもなかなか諦めないらしい。同盟を更に強固にする為だとか大義名分を掲げて。
仲介しているのはグランバード公爵。そう。生徒会長のリオル様のお父上だ。
グランバード家は、アルが下剋上を行った際のジークフリート派の一門だったらしく、今はやや王家から距離を置かれている。だからこの縁談を成功させて、汚名返上したいみたい。
陛下はこの話に難色を示している。これ以上の同盟の強化は意味がない、と言って。
アルも当然憤っている。「グランバード、潰すか」なんて物騒なことを呟きながら。
お兄様もお父様も、パステルダール家を馬鹿にしているのかと怒りが頂点に達している。
もちろん私だって気が気ではない。
それと……
これは公にされていないことだが、レイシア姫は今、報われない恋に悩んでおり、そのことが発覚して以来、国内に居場所がないらしい。だからなにがなんでもユーイン王国に嫁いで来たいのだとか。
こちらに有利な条件を引き出すチャンスなんだと、グランバード公爵は張り切っているみたいだけど……
国家間の関係に亀裂を入れるわけにはいかないから無碍にも出来ない。だが、大貴族である名門パステルダール家と事を起こすのも得策ではない。
グラグラと足場が揺れている。
こんな時、婚約者という立場は万全ではないのだと実感する。何も出来ない自分の無力さがもどかしい。
なにか、物語の修正力のようなものを感じてしまって。
ああ、気分が優れない。
気が滅入る……
◇
その日、学園の廊下を歩いていると、リオル様に呼び止められた。
「ヴィアンカちゃん、ちょっといいかな」
……嫌な予感がした。
案内された場所はいつものサロンで、奥では他の生徒会メンバーが思い思いに寛いでいた。
リオル様とふたりきりでないことに一先ずホッとして、促されたソファに腰を落ち着ける。給仕係が入れてくれた紅茶を口に含み、リオル様の出方を伺った。
向かいに座ったリオル様は他愛もない雑談を始めた。学園生活はどうだとか、何か困ったことはないかだとか、最近は学園祭の準備に追われて忙しいのだとか。生徒会の人手が足りなくて困っている、ヴィアンカちゃん生徒会に興味はないかと誘われた時はきっぱり断った。多分本気で誘われてる訳ではない。
私は少しイライラしていた。
「リオル様、そろそろ本題に入りましょう。ご用件は?」
リオル様は苦笑する。
「思い切り私的な事なんだけどね」
「でしょうね」
「本当はこんなこと口にしたくないんだけど。僕もグランバードの一員だからね。当主には逆らえない。それを念頭に置いて聞いて欲しい」
リオル様はそう前置きし、言葉を続ける。
「ヴィアンカちゃん。君、殿下と別れる気はない?」
「ありません」
やや被せ気味に言い切った。
やはりその話だったか……
「君、今置かれている状況はわかっているかい? 一介の侯爵令嬢と、大国の王女だよ? どちらが政治的に旨味があるかくらい、君だって理解できるだろう。政略結婚に色恋は関係ない。君の存在が、ユーインとシールニアの関係を悪化させる可能性もある。ここは大人しく身を引いた方が賢明じゃないかな」
これは……パステルダール家を敵に回す発言ではないか。
「私たちの婚約は陛下もお認めになった正式なものです。私は殿下がお望みくださる限り、お傍を離れる気は一切ございません」
「君が殿下と婚約解消してくれたなら、その後は僕が君を引き取ってあげてもいい。そうすれば君は公爵夫人だ。そう悪い話でもないだろう」
「あり得ません」
「まあそうだろうね。僕も君たちの仲はよく知っているからね、無理に引き裂こうとは考えていない。なら側妃になるというので手を打たないか。それなら殿下の寵愛を受けながら傍にも居られる」
「あり得ません!!」
思わず声を荒げてしまう。
駄目だ。冷静にならなくちゃ……
「何故このような話を私にするのですか? せめて殿下だけでも交えて話し合うのが筋ではありませんか」
「そうやってまた殿下に守ってもらう気かい? 僕は君に言っているんだよ?」
「私の意思は変わりません。絶対に」
「君も大概、強情だな。君もユーインの貴族ならもっと国益を考えろ」
リオル様は大袈裟に溜息を吐き、やれやれと手のひらで額を押さえた。その芝居がかった仕草にイラッとくる。
なかなか折れない王家に業を煮やし、小娘の方から籠絡しようとでも考えたのだろうが、そうはいかない。そんなに易々と思惑に乗るような娘に見えるのだろうか。甚だ遺憾だ。
「話は平行線のようですので、私はこれで失礼します」
これ以上は時間の無駄だとばかりに、立ち上がって踵を返した。
サロンから立ち去ろうと背を向ける私を引き留める人はいなかった。
「君はもう少し賢いかと思ったよ」
そう吐き捨てるようなリオル様の声が背後から聞こえた。
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