第69話 男たちの会話を盗み聞き
* 久しぶりに更新します。
よろしくお願いします。
* 次回予告と内容が異なってしまいました。
申し訳ありません。
パステルダールの豊穣祭から戻って、私は真っ先にアルの執務室へと向かった。
「ただいま」と顔を覗かせると、少しホッとした笑顔で出迎えられる。
「会いたかった」
「私も……」
まるで何年も会えなかった恋人同士のように抱擁を交わす私たち。やっぱりアルの腕の中は安心する……
「無事で帰ってきてくれてよかったよ。君の姿が見えないとどうしようもなく不安だ」
「まあ。だった一晩なのに? そんなに寂しかったの?」
「うん。気が遠くなるくらい」
思わず苦笑い。
素直なアルが可愛くて、よしよしと頭を撫でてあげた。
私はアルにお土産のイチゴ酒を手渡す。甘い甘いイチゴ酒は男の人にはあまり合わないかもしれないけど……だって試飲したらすごく美味しかったんだもん。
パステルダールは苺も名産のひとつで、苺を使った料理やスイーツが充実している。私の大好きなイチゴ味の飴もパステルでは定番のお菓子なんだよ。
豊穣祭でもいろんな品種の苺が献上されていた。
輸出もたくさんしていて、王都で出回る苺はパステルダール領産のものが大多数を占めている。
そのために街道もきちんと整備されていて、王都とパステルダール領が半日で行き来できるようになっているんだ。パステルが栄えているのもそのおかげかな。
それから、豊穣祭の様子を語る。
毎年恒例のハリマツリ流しはやっぱり幻想的で、またアルと一緒に参加したいなと思った。
アルはニコニコしながら聞いている。
「なにをお願いしたの?」
「そんなの、毎年決まってる」
───これからもアルとずっと一緒にいられますように。
アルの耳元でコソッと囁くと、アルはこれ以上ないくらいの満面の笑みを浮かべ、私の額にキスをしてきた。
「君の願いは必ず叶うよ」
ふふ。そうだといいな。
ソファでくつろぎながら、イチゴ酒をちびりちびりと口にして、小さなグラスの半分くらいで酔いが回ってしまったみたい。ふわふわと心地よくなって、隣に座るアルにもたれ掛かった。
「ん〜うふふっ」
なんだか楽しくて笑みが溢れる。
アルは眉を顰めて、私の手からグラスを奪う。
「あっ」
「もうおしまい」
そう言って、残りを飲み干されてしまった。
もう! せっかくいい気分だったのにぃ!
ぷくーっとムクれていると、突き出した唇をペロリと舐められた。顔を上げると苦笑したアルが。
「あるのキスあまいねぇ」
「ヴィーの唇もすごく甘いよ」
えへへと笑って、アルの膝に頭を乗せる。
アルの膝枕は気持ちよくて、すぐに瞼が重くなった。優しく頭を撫でてくれるアル。う〜ん、いい気分……
なんだかふわふわする。
それはまるでお空に漂う雲になったみたいな。
ふわふわふわ。
身体が宙に浮いた感覚。
ふわふわふわ。
すごく心地よくて。
ふわふわふわ。
すぐに眠気が襲ってくる。
ふわふわふわふわ。
「ヴィー? 寝ちゃった?」
ふわふわふわふわふわ。
ふわふわふわふわふわふわ。
「イチゴ酒なんて果実水みたいなものだろうが。何でここまで酔うかねぇ」
「ヴィーはケーキに入った洋酒でも酔うくらい弱いから」
ふわふわふわ。
お兄様とアルが話している。
ふわふわふわ。
聞くとはなしに聞こえてくる声。
ふわふわふわふわふわ。
ふわふわふわふわふわ。
「それはそうと。お前、昨夜はあれからどうしたんだよ」
「どうしたって何が」
「いつの間にかいなくなってたじゃねーか」
「一杯だけ呑んで普通に帰ったよ」
「はぁ? 嘘だろ? マリナちゃんとどうなったんだ?」
「ん? 誰だソレ」
「ナンバーワンのマリナちゃん。お前に言い寄ってた」
「ああ、あれか……さぁ?」
「さぁって、お前な…………寝たの」
「寝るわけないだろ。帰ったんだって」
「あんなに熱心に誘われてたのにか」
「興味ないな」
「娼館に行って酒だけ呑んで帰るって……お前ホントに男か」
「俺は浮気はしない」
「水商売は浮気とは違うだろう」
「俺はヴィアンカ以外抱かない」
「堅物め」
「何とでも言え」
え…………
なんだか不穏な会話……
娼館?
マリナちゃん?
…………う、うう浮気ぃ?
未遂(?)みたいだけど……なによそれ……
ふたりはまだ会話を続けている。
「それで? 何か聞き出せたのか?」
「少しな」
「新しい情報は?」
「さっさと帰ったお前に教えるのも癪なんだけど」
「ルドルフォの方がそういうの得意だろうが。早く言え」
「ったく…………やっぱりシールニア王国とミルーシュ公国はきな臭い。衝突は避けられないだろう。少なくとも3年以内には」
「予想通り、か」
「最近ミルーシュはやたらと強気らしい。どうやら懐刀を手に入れたとか。懐刀と言うか切り札だな」
「それってまさか……」
「ああ。十中八九、ジークフリートが絡んでいる」
「……頭が痛いな」
「ジークフリートは確実にユーイン王国を恨んでいる。シールニアとミルーシュの争いに託けて、ユーインを巻き込むつもりなのは火を見るより明らかだ」
「逆恨みにも程があるだろう。あいつがここまで愚かだったとは……」
溜息を吐くアルの暗い声。
彼らの会話はまだ続く。
「あともうひとつ。お前はジークフリートの愛人のことはどれだけ知っている?」
「商人の娘だろ? ロンド商会の一人娘。名前はたしかミコリリィ=ロンド」
「そう。ロンド商会はミルーシュ公国の中枢に位置する大商会だ。互いに切っても切れぬズブズブの関係にある。何故だか解るか? ミコリリィはどうやら現ミルーシュ大公の隠し子らしいよ」
「それは本当か? 随分と厄介な相手だな……」
な…に…………?
ミコリリィの名前をここで聞くことになるなんて。
眠気が一気に吹き飛ぶ。
でも目は開かなかった。盗み聞きしていることがバレないように。まだふたりは私が寝ていると思っているんだろう。
「ロンド商会は表向きは普通の商会だが、裏では違法な薬物も扱っているって噂だ。例えばルミタス草」
「…………やっぱりあの事件もミルーシュが関わっていたのか。ルミタス草は国で厳重に管理されている劇物指定の毒草だ。国内では遂に入手経路は特定出来なかったが、そうか、ミルーシュだったんだな……」
ルミタス草って……あの?
ジークフリートが廃嫡されるきっかけとなった毒殺未遂事件。そこで使われた猛毒がルミタス草だと聞いたことがある。
「ミルーシュはユーイン国内の混乱に乗じて何か仕出かそうとしたんだろうな。未遂に終わってさぞや悔しかったに違いない」
「ミルーシュはシールニアだけでなく、ユーインをも手中に収める気なのか。弱小国家が傲慢極まりない。随分と舐められたものだな」
アルのその声は静かだったが、確かに怒りを孕んでいた。
私の頭の中は混迷していた。
心臓が早鐘のように打つ。
胃がムカムカと逆流する。
なんなの、この不快感。
「う…ぅ……」
「ヴィー? 起きたの?」
私は徐に起き上がり口元を押さえて言った。
「…………気持ち悪い…………」




