第67話 月夜のデート
「わ! すごい満月!」
アルの部屋の窓から夜空を見上げると、大きな月が出ていた。差し込む月明かりが眩しい。
「庭園に散歩に行こうか」
アルがそう誘ってくれて、私たちは月夜のデートに出掛けた。
少し冷え込む季節なので、大振りのショールを羽織っていると、
「ほら、これも」
と言って、首にマフラーをぐるぐると巻かれた。
見覚えのある深紫色のマフラー。
「あれ? これって……」
「俺のだから、後でちゃんと返してよ」
アルが悪戯っ子っぽく笑った。
これは、そう。幼い頃、パステルで別れた日に渡した、想い出のマフラー。懐かしい。
今見返すと、目がガチャガチャで稚拙な出来栄えだ。
私は少し恥ずかしくなって、憎まれ口を叩いてしまう。
「なにこれ。こんな下手くそなのまだ持ってたの? さっさと捨てていいのに」
「捨てるわけないだろ」
「アルならもっと高級で豪華で見栄えの良いもの選べるじゃない。こんなの身につけてたら品格が下がるよ」
「俺はこれがいいの」
そう言って、マフラーの端を掴み、愛しそうに触れている。
そうだよね。好きな人が手作りしてくれた贈り物は、他のどんな宝物よりも尊くかけがえのないものだということは、私だってよく知っている。
「これは俺があの世まで持って行くからな。俺が死んだらちゃんと棺に入れてよ」
「え? ええぇ? 本気?」
「大真面目だよ」
「大体さ、私がアルより長生きするかなんてわからないし」
「ダ〜メ。ヴィーは俺より長生きすること。ヴィーを看取るなんて真っ平ごめんだね」
「ふむ。善処はするけど……」
寂しがり屋のアルらしい。
ちょっと物騒な話題だけど、なんだかアルが可愛くなって、頭をナデナデしてあげた。
「なら、アルもちゃんと天寿を全うしてね。『アルベルト国王陛下は民を導き国に尽くした賢王でしたが最期までスケベでしたね』って言って看取ってあげる」
「ええ……ヴィーの中では俺は最期までそんなイメージなの……」
昼間は大勢の人々で騒々しい王宮も、夜はひっそりと静かだ。
私はアルの腕にしがみついて暖を取りながら言った。
「アルももっと厚着してくれば良かったのに。寒くないの?」
「そんなヤワな鍛え方してないよ」
「ふーんだ。どうせ私はヤワでか弱くて病弱で純粋で清純な深窓のご令嬢ですよーだ」
「どこかで聞いたセリフだな」
庭園に足を踏み入れると、私は一瞬息を呑んだ。
いつもなら真紅の鮮やかな薔薇が咲き誇っている筈の場所。しかし、そこにあるのは一面真っ白な薔薇で、まるで夢を見ているみたいに幻想的な光景だった。
「え……どうして? 魔法?」
思わず感嘆の声が漏れる。
「キングダムローズはね、満月の月明かりを浴びるとほんのいっときだけ、こうして色素を変化させて白くなるんだよ。立ち会うことができて今夜は運が良かった」
「そうなんだ……すごいね……」
うっとりと見入っていると、アルが一輪摘んで器用に棘を取り除いてから、その薔薇を髪に挿してくれた。
「部屋に帰る頃には紅く戻っちゃうだろうけど」
「わぁ。ありがとう」
「ヴィーの銀色の髪には白がよく似合うね」
そう言って、優しく微笑むアル。
「ヴィーの真っ白なウェディングドレス姿も、とびっきり綺麗だろうなぁ」
「ふふ。気が早いって」
私たちは庭園のベンチに腰を下ろして、ショールを半分アルにも掛けてあげた。ふたりピッタリと寄り添うと、その温もりがとても心地よい。
顔を上げるとアルがこちらをじっと見ていたので、私はゆっくり瞳を閉じると、柔らかな口づけが落とされる。月明かりに照らされながらするキスはなんだか神秘的な気がした。
「ねぇ、結婚したらさ。私、猫飼いたい!」
「猫?」
「昔からずっと飼いたかったの。でもパステルダールの屋敷だとお父様が猫アレルギーだから飼っちゃダメだって言われてて」
「そうなんだ」
「ダメ、かな?」
上目遣いで伺うと、アルが蕩けるような笑みを浮かべていて。
「君が望むなら、俺が反対する理由がないよ」
「本当!? やったぁ! アル大好き!」
他愛もない未来の話を、愛する人と出来る幸せはなによりも尊い。アルと出会えて私は本当に果報者だ。アルのいない人生なんて今更考えられない。10年先も、50年先も、こうして仲良く一緒にいられたらいいな。
いつも私のことを一番に考えてくれて、一番に愛してくれるアル。私もアルには一番に幸せになってほしい。
先程の会話を思い返す。自分よりも長生きしてくれと言うアル。私を看取るのは絶対嫌だと言うアル。だが人の生き死には誰にもわからない。
だからね。
「もし私が先に死んだら、私のことは忘れていいからね」
寂しがり屋のアルは、ひとりだと耐えられない。きっと幸せになれない。アルには誰よりも幸せでいてほしいから。
「ん? 何か言った?」
「えへへ。なんでもなーい」
誤魔化すように、私はアルの胸に頬を擦り寄せるのだった。
この時の私の呟きは、まるで未来の予言のように、いや、奇しくも私の遺言のようになってしまうのだが、それはまだもう少し先のお話。




