第62話 猫かぶり②
しばらくして、アルが「ちょっと貸して」と私の手から刃物を奪って、じゃがいもをひとつ掴み上げた。
「包丁なんて使ったことあるの?」
「ない。けど要は短剣と同じだろ」
そうだろうか? と首を傾げながら、アルの様子を見守る。
「なかなか難しいな」
と言って悪戦苦闘している。
「違う違う。刃先は面に沿って。親指で刃先と皮を押さえて。そうそう。包丁じゃなくて芋の方を動かすんだよ。芽はしっかり取ってね」
私の口うるさいアドバイスを、アルはうんうんと頷き素直に聞き入れる。最初は苦戦していたものの、持ち前の器用さからか次第にスルスルと上手に剥き出した。やっぱりアルは凄いな。
「どうだ」
と、ドヤ顔で剥き終えたじゃがいもを突き出してくる。
「う〜ん。50点」
「随分辛口だな。どう見てもヴィーのより綺麗だろ」
くっ! 実際その通りなのだが、初めて包丁を握った人に負けるのは非常にきわめてすこぶる悔しい。
咄嗟に私はリン君に手を向けた。
「調子に乗るのは、彼の手捌きを見てからにしてくださらない?」
突然水を向けられたリン君は「は!?」と言って白目をむいた。
「リン君! 貴方の出番よ! 華麗で繊細かつ機敏ないつもの秘技を披露してあげてちょうだい! …………あれ?」
「……固まってるぞ」
「お〜い、リン君〜」
「リン君〜」
私とアルが目の前で手をヒラヒラさせていると、正気を取り戻したリン君が「勘弁してください」と泣きそうな顔で訴えた。
「イジメている訳じゃないのよ。リン君の凄さをこの人にも知ってもらいたかっただけ。無理強いはしないよ。ごめんね」
「自分なんてまだまだですから……」
「何を言っているの。リン君の包丁捌きは天下一品だよ。私がリン君のところに足繁く通うのは何の為だと思う? その素晴らしいプロの技に魅せられているからだよ。凄く尊敬してるの。リン君の腕は私が保証する」
「ね?」と微笑みかけると、リン君は少し顔を赤くした。
「ほう。彼女にここまで言わせるとは、俺も一度拝見してみたいな」
アルの援護射撃が最後のひと押しとなったのか、リン君がやる気を出してくれた。
「…………わかりました」
じゃがいもをむんずと掴んで、息を整えている。
「君は人を乗せるのが天下一品だね」
アルが耳元で囁くので、私は肘鉄をお見舞いした。
リン君の華麗で繊細かつ機敏な秘技は、やはり素晴らしいものだった。目を見張るスピードで寸分の狂いもなく研ぎ澄まされた美しい包丁捌きでスルスルと皮が剥かれていく。
「……これは……凄いな……」
アルは素直に感嘆の声を上げた。リン君は顔を真っ赤にしたが、どこか嬉しそう。
「でしょう?」
私は鼻を高くした。
「なんで君が得意げなんだよ」
「リン君とは、将来私の専属料理人になってもらう約束してるんだから。大切に大切に育ててるの。取らないでよ」
「へぇ。それはいいね」
アルはリン君に視線を向けた。
「鍛練を怠らなければ自ずと道は開かれるであろう。これからも彼女の為に腕を磨いてくれよ」
「は、はい! ありがとうございます! 誠心誠意、頑張ります!」
「うん。いい返事だ」
「だがね」と言って、私の肩に腕を回して引き寄せられた。
「彼女に惚れてはいけないよ。この子は俺のものだからね」
「め、め、め、滅相もございません!」
慌てて否定するリン君。
私は溜息を吐いた。
「まーた、そういうこと言うんだから。リン君は私なんか好みじゃないの。リン君はおっぱいの大きな子がタイプなんだって。貧乳はお呼びじゃないんだってさ」
「貧乳?」
アルの目がギラッと光った。リン君は卒倒しそうになっている。あれ、なんか悪いこと言ったかな。
アルは私の胸をじっくりじっくりじ〜っくり観察した後、力強く言った。
「ヴィー。何も恥じることはないぞ」
それから、私の肩をガシッと掴んだ。
「確かに君の胸は大きくはない。だが、重要なのは大きさではなく形だ。よくお聞き。君の胸は柔らかくて綺麗でハリがあって、舐めると綿菓子みたいにふわっふわで甘くて美味しいんだよ。感度も抜群だ。こう、俺の手のひらにピッタリと収まって、吸い付いて離れないまさに奇跡の宝だね。至高の宝玉と言っても過言ではない。だから自信を持ちなさい」
私はアルの耳を引っ張った。
「バカなこと言ってんじゃないの」
アルは「イテテテテ」と悲鳴を上げている。
そんな遣り取りをしている時、クリス様が姿を現した。
「殿下! 探しましたよ! 急に消えたと思ったら、こんなところで何をやっているんですか! 定例会議が始まってしまいます!」
クリス様は慌てた様子だが、アルはのんびりとしている。
「やれやれ。愛しい婚約者との憩いの時間も持てないとは、世知辛いね。まったく」
「そんなことは後で存分になさってください。陛下がお待ちです! 早く!」
アルは私に向き直り、両手で頬を包んで言った。
「部屋で待ってて」
「はいはい」
「浮気するなよ」
「わかったわかった」
「好きだからね」
「わーかったから、早く行きなさい」
「ヴィーが冷たい!」と嘆きながら、クリス様に引き摺られて去っていくアルだった。
後に残される私とリン君。
「…………あんたが言ってたこと、納得した」
リン君がボソッと呟く。私はふふふっと笑った。
「私が猫かぶってるんじゃないの。人前で猫をかぶっているのは、あの人の方」
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