第61話 猫かぶり①
その日は、リン君のところで、じゃがいもの皮剥きに励んでいた。
つまみ食いに対する労働と対価(のつもり)だ。
「あんたなら別にこんなことする必要ねーだろ」
「またまたぁ。私が来てホントは嬉しいくせに〜」
「あんたみたいなへちゃむくれが来てくれてもな……」
リン君はブツブツ文句を言いながら、相変わらず華麗な手捌きでじゃがいもを剥いている。
野菜の皮剥きの後、切り付けもやらせてもらえるようになったと言っていたので、私が手伝うことで多少は時間の短縮になっているはずだ。多分。
リン君は私が王太子殿下の婚約者だと知っても変わらずぶっきらぼうな態度で接してくる。
厨房のみんなも、私がこまめに顔を出しておしゃべりしていくせいか、あまり畏まらなくなった。変に謙られても困っちゃうから、本当にありがたい。みんな良い人たちだし、王宮の厨房は居心地が良い場所だ。つまみ食いしても怒られないし。えへへ。
「リン君さぁ、あんまりへちゃむくれって言うと、ヴィアンカさん泣いちゃうよ」
「へちゃむくれをへちゃむくれと言って何が悪い」
かー!! ホント可愛くないね、この子は。
「そんなんだと彼女出来ないぞ」
「は? 彼女なんていらねーし」
「なんで。好きな人がいると人生に彩りが出るよ。リン君可愛い顔してるんだし、もっと女の子に優しくしてあげたらモテそうじゃん」
「男に向かって可愛いとか言うな」
リン君は顔を赤くして怒っている。面白い。もっと揶揄ってやろ。
「可愛い可愛いリン君は、どんな子が好みなの? ヴィアンカお姉さんに教えてみな」
「う、うるせーな。あんたみたいにガサツで慎みのない女とは真逆の、お淑やかな子がいい」
「ふ〜ん。年上がいい? 年下がいい? 他には? 何があるでしょ。瞳の大きな子がいいとか、頭がいい子がいいとか、おっぱい大きな子がいいとか」
「おっ、お、お、ぉッぱィ!? あ、あ、あんた、な、な、なにいってんだ!? はっ、恥ずかしくねーの!?」
「好みのタイプ聞いてるだけじゃん。おっと! ヴィアンカさんのはダメだぞ。これは売約済み」
そう言って、自分の胸を隠した。
「だ、だ、誰があんたみたいな貧乳! お呼びじゃねーんだよ!!」
リン君は湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にしてる。やっぱりリン君を揶揄うのは面白いね。くくく。私って性格悪いかな。
「あんた、ホントに王子様の婚約者なのか? そんな品のない女、いつか絶対振られるぞ」
「大丈夫大丈夫。あの人、私のこと大好きだから。大好きすぎて、私がついていてあげないとしょぼくれちゃって大変なんだよ」
「嘘つけ」
「嘘じゃないって」
「なら、よっぽど猫かぶってんのか。女ってこえーな」
「猫なんてかぶってるつもりもないけど……」
「大体、あんたって…………」
突然、リン君の手が止まり、言葉を詰まらせて青褪めだした。視線が私の後ろを向いていたので振り返ろうとした時、
「なにやってるの?」
と背後から抱きしめられた。というより、ヘッドロックされた。ぐえ。
アルだった。噂をすればどこからでもやってくるんだから。ストーカーか。
「あのねー。刃物使ってる時そんなことされたら危ないでしょうが。危うく指まで切り落とすとこだったじゃない」
「大丈夫。指の一本や二本無くなっても変わらず君を愛すよ」
「そう言う問題じゃない」
私の隣に腰を下ろし、ニコニコした笑顔を向けてくるアル。リン君が慌てて立ち上がり頭をこれでもかと下げていたが、それを一瞥し、「続けて」とだけ声をかけていた。
小さくなってじゃがいもの皮剥きを再開するリン君が可哀想になった。
アルはここから動こうとしないし……う〜ん。
「ねえ、リン君をあまり困らせないで」
「リン君?」
リン君がわかりやすくビクついた。矛先を向けるなと恨めしげな視線を投げられる。アルは特に気にする様子もなく、リン君に話しかけた。
「君は確かセブールの……」
「は、はい! セブール村のリンネルと申します! 疫病の際は大変お世話になりました!」
「村の方はどうだ。落ち着いたか」
「はい! 妹もすっかり元気になりました!」
「そうか。下水工事もつつがなく進行していると報告を受けているが…………」
私はふたりの会話を黙って聞いていた。
アルのこういうところが大好きだ。どんな人の話でもちゃんと聞く。むやみに横柄な態度を取ったりしない。相手の方が恐縮してあまり話しかけてこないが、本人は割と気さくに誰とでも会話を交わすタイプだ。
王太子殿下が気安い様子で話しかけてくれているので、強張っていたリン君の表情も段々と緩み始めた。よかったよかった。
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