第60話 愛しのあの方
皆様、お聞きになりまして?
何とあの『グリンデルバルドの冒険』が舞台化されることになったんですって。わたくしがそれを初めて伺った時の驚愕は計り知れません。天にも昇る気持ちとはこの事なのだと、踊り出したいくらいに心嬉しくて。生のグリンデルバルド様を拝見できるなんて夢のよう……きっと一生の思い出になる事でしょう。嗚呼、早くお会いしたい、グリンデルバルド様。
ココル様のお父様が舞台関係者とコネクションをお持ちらしく、チケットを融通してくださるとのこと。誠に感謝感激雨あられでございます。
わたくしは二枚お願いしまして、早速、アルベルト殿下をお誘い致しました。なのにあの方、非常にお顔を歪めて、苦々しく吐き捨てるではありませんか。
「またあの第七王子かよ……」
何という事でしょう。わたくし、誠に憤慨致しました。
「嫌なら結構です」
「誰も嫌とは言ってないだろ」
「アルベルト殿下をお誘いしたわたくしが愚かでした」
「そんな拗ねるなって。行くよ。いつ?」
「3週間後……」
「うん、わかった。日程調整しておくよ。君と観劇デートは初めてだね。楽しみだなぁ」
「はい、わたくしも殿下とお出掛けできる日を心待ちにしております」
「……ねぇ、さっきから口調が変だよ?」
…………あ、あれぇ???
◇
「舞台ではね、ラブロマンスもあるんだって。旅の最中に魔物から救った町娘と恋に落ちて、最終的に国王になったグリンデルバルド様と結婚するの。身分差の恋、素敵じゃない?」
ウキウキと語る私に、アルは眉を顰めた。
「意味がわからない」
「何が?」
「まず何故、第七王子が国王になれるんだ。一族郎党皆殺しにでもしたのか?」
「そ、そんなわけないじゃない。ほら、彼は国の英雄だから……」
「英雄だからなんだ。国政には全く関係ないね。むしろ彼を王に祭り上げるために、たくさんの血が流れたことは想像に難くない。そんな野心家が国を治める事になったら戦争が絶えないだろうな。国民が気の毒だ」
「野心家って……」
「貴族ってものは少なからず野心家なものだ。でもな、国王には伊達や酔狂でなれるものではない。政治を甘くみてはいけないよ」
「……うん」
「次に、なんだ。国王が平民と婚姻を結ぶなんてこと出来るわけないだろう」
「え、そうなの?」
「少なくとも俺は一度も聞いた事がないね。貴族の貴賤結婚が認められないのは何故かわかるか? 血筋と、代々継承してきた地位を守るためだよ。それを子孫に相続させるために、家柄が重要視される。だから政略結婚が当たり前なんだよ。君も貴族ならわかるだろう?」
「…………」
「王族の場合、そこに政治的意味合いも含まれるからな。身分差のある結婚なんてまずあり得ない。君が侯爵家の令嬢だったから、陛下も俺たちの婚約を認めてくれた。でももし君がなんの後ろ盾も持たない平民だったとしたら、俺は身分を捨てる覚悟だったよ。それくらいの執念で君と共に生きる道を選んだ」
「…………」
「俺は本当に幸せ者だ」
「…………アルきらい」
「は? な、なんで?」
アルは盛大に慌て出した。
「知らないっ」
「えっ何? 何で怒ってるの」
アルは乙女心をちっともわかってない!!
◇
舞台鑑賞を数日後に控え、心落ち着かない日が続いていた。
その日、算術の定期考査の答案用紙が返却された。私は自分の点数を確認し、目玉が飛び出た。
10点!?!?!? (100点満点中)
私、自慢じゃないけど、今まで試験は満点しか取ったことなかったから、見たことのない数字に驚愕し、ゼロが何処かに落ちてるんじゃないかと探してしまうくらい狼狽えた。
そして今、私はアルの執務室で蛇に睨まれた蛙になっている。
答案用紙を前にして、
「コレは酷いな……」
とアル。
「お前、何やってんの……」
とお兄様。
ふたり揃って溜息を吐く。
私はシクシク泣いていた。先程から涙が止まらない。
よくよく見ると、最初の2問目以後、解答欄がズレてるんだよね。まさかのケアレスミス。しかしミスはミス。まごうことなき赤点。追試験確定なことには変わりない。
呆れ顔のふたりの視線が痛い。辛い。
アルが私の隣に移動してきて、強く肩を抱いて言った。
「これに懲りたらあんな男、忘れるんだ。いいね」
「無理です。忘れることなんて出来ません」
私はワッとハンカチに顔を伏せた。
「ヴィアンカ、君を幸せに出来るのは私だけだ。どうしてわかってくれない」
「わたくしは彼とどうにかなりたいなどと思っておりません。ただわたくしが一方的に想いを寄せているだけ。殿下のことは勿論お慕い申し上げております。でもそれとこれとは別なのです」
「いい加減にしなさい」
アルは眉間を押さえて唸った。
「え? なになに。浮気? 浮気?」
お兄様が興味津々に聞いてくる。アルはやれやれといった風に肩をすくめる。
「そう。ヴィーが最近うつつを抜かしている第七王子」
「うつつなんて抜かしてません! 私は本気です!」
「まーだ言うか、この口は」
アルは私の頬っぺたをぷにぷにしてきた。
「あんまり生意気言うと、この可愛い唇食べちゃうぞ」
「やめてやめてお兄様が見てるからぁ」
眉を顰めたアルが言い放った。
「あぁん? じゃあルドルフォ、少し出て行ってくれ」
「はぁ?」
突如始まったイチャイチャに、当惑を隠せないお兄様が、盛大に溜息を吐き、
「あ〜馬鹿馬鹿しい」
と言って、執務室を出て行った。
「ヴィー、ホントに追試は頑張るんだよ。じゃないと舞台は禁止」
「え!? ヤダヤダ。それだけは勘弁して!」
「……ったく、あんな男のどこがいいんだ」
そう言って、結局、私は唇を食べられた。
追試を満点でクリアした私は、無事、舞台鑑賞の許可を得た。
そして当日、私はワクワクしながら幕が上がるのを心待ちにしていた。アルは仏頂面で私の方ばかり見ているが、気にしている余裕はなかった。
舞台は最高だった。グリンデルバルド様はやっぱり素敵。食い入るように見入って、最後はハンカチを涙で濡らした。
グリンデルバルド様を演じる舞台俳優が本当に格好良くて、グッズを買い漁る私を、アルは呆れたように見ていたけど、気にしない。
帰りの馬車の中でも興奮冷めやらぬ私は、舞台俳優の魅力を存分に語り、冷ややかな目を向けるアルを無視して、ひとり悦に浸る。
「はぁ……ホントにカッコよかった……まだドキドキしてる……もしかしてこれが恋……?」
思わず呟くと、アルは盛大に顔を顰め、また私の首筋に噛み付くのだった。
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