第59話 寂しかった③
いつもの中庭のベンチに着くと同時に、アルが強引にキスしてきた。私もそれを待ってましたかと言わんばかりに、アルの頭を押さえ付けて、グリグリと撫で回しながら、深く激しく口づけを交わした。
「今日はヴィーが大胆すぎて、嬉しいけど、ちょっと戸惑うよ」
私はあはっと曖昧に笑った。自分でもよくわかってる。ただひたすらアルが恋しくて愛しくてたまらない。
中庭はひっそりとしていて、私たち以外誰もいない。それは或いは王太子殿下に対する忖度があってのことかもしれないが、ありがたく思う。ここでなら人の目を気にすることもない。
ベンチに座って、アルに抱きつき胸に頬を擦り付ける。頭を撫でてくるアルの手つきが優しくて、泣きたくなる。もう、アルが好きすぎて苦しいよ。
「君がこんなふうになるなら、里帰りを許して正解だったかな」
「うん……」
「そんなに寂しかった?」
「うん……すごく」
「俺の気持ちが理解できた?」
「うん……した」
「俺のこと、好き?」
「うん……好き……大好き。世界で一番」
アルが満足気に額にキスを落としてきた。
「ああ、ヴィーはホントに可愛いな。俺をどこまで魅了するんだろう」
そうやって、しばらく私たちは抱き合っていた。
「あ、あのね! 夜あまり眠れなくてね! ちょっと寝坊しちゃって、簡単な物しか作れなかったの。期待しないで……ね」
言い訳をしながら、バスケットを広げる。奇しくも、かつて作ってあげたことのある、たまごサンドとチキンサンドとなってしまった。レパートリーが少ないと思われないだろうかと、ハラハラしながら手渡す。
アルは何も言わずに、それをマジマジと見た後、パクリと咥えた。
「美味い……」
アルがそう呟いたので、ホッと胸を撫で下ろした。
私は水筒からお茶をふたつ注ぎ、アルの分をベンチに置き、もうひとつを口に含んだ。
「そのチキンサンドにはね、隠し味にマスタードが入ってて…………」
喋りながらふとアルを見て、私は思わずお茶を吹き出した。
アルの瞳からポタポタと涙が溢れ落ちてる。
私はアワアワと慌てふためいた。
「アアアアル! ごめん! ごめんね! マスタード利かせすぎちゃったかな? アル辛いの苦手だもんね!」
お茶を差し出しながら、アルの背中を摩る。
「違う……美味くて、懐かしくて、いろいろ思い出して……」
片手で顔を覆って、アルが言った。
「あー、情けないな、俺は。ヴィーの前だと途端に弱くなる。本当は、好きな子の前では格好つけたいものなのに」
「そんなの。私は本当のアルが情けなくてカッコ悪いのなんて、とっくに知ってるよ。寂しがり屋で甘えん坊で、私がついていてあげないとダメダメだもんね」
私はアルを抱きしめて、子供をあやすように背中をポンポンと叩いた。アルは「うん……」と言って、私の肩に顔を埋めた。
「ヴィー。ずっとそばに居てくれ。君が居てくれないと、俺は心が死んでしまう。君だけが俺の生きる糧なんだ」
その後、アルはサンドイッチを美味い美味いと言いながら、私の分まで平らげていた。アルは相変わらず綺麗な食べ方をする。その、上品な所作を懐かしく思い出して、私は胸が熱くなるのだった。
食事の後、アルが膝枕してほしいと言って、私の膝の上に寝転んだ。私はアルのサラサラの金色の髪を優しく梳いた。
「あのね、私はアルが弱いだなんて思ったことないよ。アルは揺るぎない強い意志を持ったとても勇敢な人だよ……ねぇ、聞いてる?」
アルは「ん……」と言って、私のお腹に顔を擦り付けてきて、それからすぐにスウスウと寝息をたて始めた。
いつも気を張っている分、私の前だと無防備になるんだよね、アルは。
「寝ちゃったの?」
アルは答えない。
クスッと笑って、私は愛しい人の髪をずっと撫で続けた。
「……アルみたいな人を剛毅果断って言うのかな。自分で運命を切り開いて、私の運命まで変えてくれた。本当に凄い人。殺される運命だった私を救ってくれた」
私はひとりでポツリポツリと呟いていた。
「私、アルの夢を見たの。それで思い出したんだ。アルが本来、婚姻を結ぶはずだった相手。シールニアの第二王女。私は今朝から胸の奥がザワザワしてる。私とアルは、本当なら交わることがなかった。アルが私たちの未来を作ってくれたんだよ。私は絶対アルを裏切らない。世界中がアルの敵に回っても、私だけはアルの味方でいる。アルのことは私が守るよ…….」
鼻の奥がツンとして、私は咄嗟に空を見上げた。
青空に思い描く未来を、噛み締めた。
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