第58話 寂しかった②
その日の授業は全然身が入らなかった。先生の声が右から左へ抜けていく。
授業が終わるのをまだかまだかと待ち構え、終業のベルと共に、私はランチの入ったバスケットを握りしめ、猛ダッシュした。目指すは二年生の教室がある校舎。令嬢が駆け回るなんてはしたない? そんなの知らん! 階段も三段跳びで駆け昇る。急げ急げ。早くアルの元へ!その時の私はオリンピック選手にも引けを取らないくらいの記録をマークしたに違いない。
ようやくアルのいる二年一組の教室の前まで辿り着いた。
横目で教室の中を覗き見ると、クラスメイトと歓談するアルの姿があった。よかった、まだいた。
私はとりあえず上がった息を整えなければ、と壁に背をもたれて何度も深呼吸した。
その時、教室から出てきた男子生徒に声を掛けられた。
「君、一年生? 誰かの呼び出し?」
「……はい……殿下と、お昼を……」
ゼイゼイ言いながら、何とか返事する。
「殿下かぁ。毎日毎日凄いよね。今日は君が一番乗りみたいだよ。でもさ、殿下は誰の誘いにも乗らないよ?」
一番乗りとはなんぞ? と思ったら、どうやら毎日たくさんのご令嬢がアルをランチに誘いにやって来て、ひと騒動起こるらしい。ふぅん。全然知らなかった。
ようやく息も正常に戻ってきたので、アルがハイエナに取り囲まれる前に捕獲しなくちゃと思っていたら、今度は女子生徒に呼び止められた。
「今の一年生は身の程知らずばかりなのかしら。殿下をお誘いするなんて図々しい。いい加減にしたら」
「ち、違うんです。私は殿下とお約束していて……」
「まー!! 妄想もほどほどにしておいた方がいいわよ。分を弁えて………………」
クドクドと続くお説教。何故だ。私はこんなことしている暇はないんです。早くアルに会いたいんですってば。
こういう時、私はどうしたらいいんでしょう。私は侯爵家の人間よ、殿下の婚約者なのよ、分を弁えるのは貴女の方よ、お退きなさい、オホホホホ! とか悪役令嬢っぽくやってみた方がいいのかしら。
早くしないとハイエナが集まって来ちゃうのに!
ズリズリと壁を背に少しずつ移動して、ドアから顔を出した。ちょうど歓談中のアルと目が合ったので、私は軽く手を振った。アルが驚愕に目を見開くのがわかった。
「ちょっと、聞いてるの!?」
先程の女子生徒が声を荒らげた。
あら、まだいたの、先輩。
「ごめんなさい。聞いていませんでした」
私は正直者なのです。
アルが高速で駆け寄ってきて、困惑の表情を浮かべた。
「どうして……」
「早く会いたくて、来ちゃった」
えへへとはにかむと、またアルは怖い顔をした。眉間に刻まれた皺の数が更に増えて最多を更新しています。わお。
「あの一年が殿下を怒らせてるぞ」
といったヒソヒソ声が聞こえてくる。冤罪です!
先程の説教先輩が焦った様子で、
「で、殿下。申し訳ございません。すぐに下がらせますから」
と、私の肩を鷲掴みしようとしたが、それより素早い動作でアルに腕を引かれて、力強く抱きしめられた。
周囲がしんと静まり返る。こちらを見ていた人たちが固まった。私も固まった。
「君はどれだけ俺を翻弄すれば気が済むんだ……」
アルの甘い囁きに、みんなが息を呑んだ。
「行こうか」
手を繋いで、満面の笑みを浮かべるアル。その時の笑顔は甘く甘くとろけるような絶世の美貌の王子様スマイルで、ただただ見惚れてしまい、私は顔を真っ赤にして、「はい……」とうわ言のように頷いた。
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