第54話 私たちの日常①
アルと一夜を過ごした翌朝は、大抵一緒に学園へ登校する。王宮ではそれがもう手慣れたもので、侍女たちが手際よく制服を整えてくれていて、朝食も2人分用意されている。
朝食はアルの部屋で取る。サンドイッチとフルーツの軽食が多いかな。アルは朝はあまり食べないんだと言っていたけど、私が居る時は、いつも隣に座ってサンドイッチを摘んでいる。
私はフルーツをモグモグしてから、あくびを噛み殺した。
「眠いの?」
とアルが聞いてくる。
「ん……もっと寝る時間がほしい……アルがもう少し手加減してくれればいいんだけど……」
恨めしげに睨むが、アルは可笑しそうにしながらも、
「それは無理な相談だな」
と、無慈悲なお言葉。
アルは先程から書類を確認してる。確認しながらのお行儀の悪い朝食。日々上がってくる報告書に目を通すだけでも大変そうだ。政務に関するものから、何故か学園の内部通達まで多岐に渡り、まとめて上がってくるみたい。
朝からご苦労様です、と私は持っていた葡萄を一粒、アルの口に押し付けた。アルはそのまま書類から目を離さず、パクリと咥えた。
「ちょっと! 指まで食べないでぇ!」
アルはあははっと声を出して笑った。
朝食が済むと、アルが髪を整えてくれる。
始めは侍女がやっているのを眺めていただけだったが、ある日「今日は俺がやるよ」と言い出して、次第に毎日やってくれるようになった。
「今日はどんなのにしようかな」
スルスルと髪に櫛を通しながら呟く。アルのその日の気分で髪型が決まる。ちなみに私の意見が採用されることはあまりない。「面倒だからひとつに纏めるだけでいいよ」と言うと、いつも渋い顔をされる。
アルの指が器用に動いていく。今日の髪型は丁寧に編み込みしたハーフアップにするみたいだ。
用意されたたくさんの髪飾りの中から青いリボンを選び、クルクルと縛って完成した。
「うん。今日も絶世の美女の出来上がり」
そう言って、一緒に鏡を覗き込む。
「ありがとう」
とお礼を言うと、アルは嬉しそうに笑った。
「ヴィーの髪はいつまでも触っていたくなるくらい気持ちいい」
そう言って髪に口づけてくるアル。
「ふぅん? 自分じゃよくわからないけど。そういえばリオル様にも言われたよ。サラサラしててつい触りたくなっちゃうんだって」
ハッとして慌てて口を噤む。
アルがニコニコ顔から一転して無表情になった。ヤバ……
次の瞬間、私の頬を掴み荒々しく口づけてきた。
「んーッ!!」
それは優しさのカケラもないキスで、アルの舌が強引に割って入ってきて口の中を余すことなく貪ってくる。私はアルの服を強く掴んで耐えるしかなかった。
アルは唇を離すと、ハァと溜息を吐いた。
「君は俺を煽るのが本当に上手いよな」
涙目の私の目元を強引に拭うと、
「いいか。ヴィーの髪は一本一本全て俺のものだ。次、誰かに触らせたら泣くだけじゃ済まないお仕置きするからな」
「わ、わかった」
私は高速で頷いた。
支度が済み、学園へ向かう為、馬車に乗り込む。王家の馬車はいつ乗っても最高だ。揺れは少ないし、ふかふかしてて、座り心地も文句なし。車中泊出来るくらい広いしね。
いつものように手を繋いで隣に座る。アルの左側が私の定位置だ。
馬車が動き出した。アルはぼんやりと外を眺めている。
クリクリと、アルの薬指の指輪を弄んでいると、
「くすぐったいって」
と、アルがこちらを振り向いて笑った。
私は「あ、そうだ!」と思い出しながら、アルに話しかけた。
「ねえ、この前行った三番街の食堂で新メニュー出来たんですって。また行こうよ」
「赤虎亭?」
「そうそう」
「…………」
「……アル?」
「……ヴィーは人間の皮を被った悪魔だな」
なんだかとんでもない言われ方をされた。
「は? なに? なんで?」
「俺が死にかけたの、覚えてないの?」
「そんな……激辛くらいで大袈裟な……」
「あんな劇物を嬉々として食すなんて、人間じゃないよ……」
「劇物って。激辛料理は刺激が最高じゃない。私、大好き。またひと口あげるね」
「やっぱり悪魔だ……悪魔がここにいる……」
「そんなこと言って。私がアーンしてって言ったら絶対食べるくせに」
「それがわかっててやるんだから始末に負えないよ……」
「もー!! あの後パフェ奢ったじゃん! おかわりまでしてたくせに文句言わないのー!!」
他愛もない会話をしながら、馬車は進む。
もう少しで学園に到着するというところまで来た時、
「ヴィー」
と、アルが両腕を広げた。私はアルの胸に飛び込んでギュッと抱きついた。トクントクンと規則正しい心臓の音が聞こえる。アルも抱きしめ返してくれる。アルの背中を摩る。アルも私の背中を摩ってくる。今日も一日頑張りましょうの儀式(みたいなもの)。
学園に到着すると、クリス様が出迎えてくれる。
「おはようございます。殿下、ヴィアンカ様」
「おはよう」
そう言って、自分と私の分のカバンを差し出す。クリス様もそれを当然のように受け取る。アルは基本的に自分で物を持たない。
アルが歩き出すと、行き交う生徒たちがモーゼの十戒のように道を作る。皆立ち止まり頭を下げて挨拶をしてくる。
「「「 おはようございます 」」」
「おはよう」
何度経験しても慣れない光景だ。
アルは堂々と颯爽とした様子で歩いて行く。
最初は戸惑ってアルの後ろに行こうとしたが、頑なに手を離そうとしない為、渋々隣を歩く羽目に。その時は皆の驚きと羨望の眼差しがチクチク刺してきて居た堪れなくなったものだ。
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