第41話 アルの過去⑥(アル視点)
立太子の戴冠式典から数日後、アルベルトはパステルダール侯爵の屋敷に赴いた。
「アルベルト殿下、この度は王太子就任、誠におめでとうございます」
アルベルトとパステルダール侯爵は固く握手を交わした。
「ありがとうございます。侯爵には幅広くご尽力いただき深く感謝いたします。侯爵のお力添えなくしてはなし得ませんでした」
「そんなことはありません。全て殿下の人徳の致すところでありましょう。ですが、微力ながらご助力できたこと幸いに存じます。やっと肩の荷が下りましたかな」
「いえ。私はまだまだこれからだと思っております。ジークフリートの残した禍根は未だ根深い。課題は山積みです。私はこの地位を確固たるものとする為、粉骨砕身の覚悟で臨む所存です」
「ほう。まさに凌雲の志。実に感銘を受けました。私の見る目は正しかった。さすがは婿殿、と言ったところですな」
侯爵は満足げに頷いた。アルベルトは目を見開いた。
「……そ、それでは?」
「ヴィアンカをよろしくお願いします。幸せにしてあげてください」
「勿論です! ありがとうございます! 必ず幸せにします!」
アルベルトの心は歓喜に沸いた。
婚約の許可を得た。これでようやく一歩前進した、と喜びが込み上げた。
しばらくして、侯爵が家令に用意させたワインが運ばれてきた。
「祝杯をあげましょう」
そう言って、侯爵は笑った。
アルベルトはワインの知識は齧った程度しか持ち合わせていなかったが、それでもそれが最高級品だとひと目でわかった。ワイン通で知られる侯爵が心から祝ってくれているのだと、嬉しく思った。
最高級のワインは芳醇な味わいで非常に美味であった。幼い頃から王族として酒を嗜んできたアルベルトだが、これほどのものに出合うのは稀だ。何よりすこぶる気分がいいことも相まって、ペースも段々と上がってくる。
程よく酔いも回ってきて、だいぶ砕けた口調で会話を楽しんでいた頃。
アルベルトはポツリと呟いた。
「時に、パステルのおじさん。この度、私は、女性というものは、げに恐ろしく貪欲であると痛感しました」
「ほう?」
「私はここに至るまで、たくさんの色仕掛けと言いますかハニートラップと言いますか、とにかく数多の女性に言い寄られて来ました。辟易するほど積極的なご令嬢ばかりだった。私の何が魅力なのですか。地位ですか、名誉ですか。顔ですか、子種ですか。実に嘆かわしいことだ。しかし誓って断言致します。私は未だ清い身です。ヴィアンカだけを一途に想い清廉潔白、決して彼女を悲しませる真似はしておりません」
「はは、そうですか」
侯爵は苦笑している。
「そもそもですね! 私はどうもヴィアンカ以外には役立たずな気がしてならないのです。私は初恋を拗らせて拗らせてねじれ曲がってしまった愚か者なのです」
「ヴィアンカの父親としては、それはとても喜ばしいことではありますがね。男としては疑問に思いますよ。女遊びは貴族の嗜みですからね。ましてや貴方は王太子の御身。たくさんの子を成さねばならない」
「はぁ……そうですか……困りましたね。どうしたらいいのですか。教えてください。どんなに豪華に着飾ったご令嬢を見ても少しも美しいと思えないのです。み〜んな横並びに同じに見える。興味もなければ、少しも性欲が湧いてこない。ヴィアンカに感じるドキドキムラムラが、一度だってですよ! ヴィアンカと一緒にいる時はいつもドキドキムラムラしてたのに。ドキドキムラムラ……はぁ……ヴィーに会いたいな……」
アルベルトはソファに備え付けてあったクッションをギュッと抱きしめた。
「殿下? 少し飲み過ぎなのではありませんか?」
「大丈夫。酔っていませんから。時に、パステルのお義父さん。ヴィアンカの唇は甘く柔らかくとろけることをご存知ですか?」
「……どういう意味です?」
侯爵の眉がピクリと動いた。
「口づけですよ。接吻です、接吻! 私は二度ほどヴィアンカを貪りましたが、いやぁ、あれはホントに病みつきになる。くふふ」
「はて? 私の記憶が正しければ、あなた方はまだ婚約も交わしていなかった気がするのですがね?」
「そんな些細なことは置いておきましょう」
「殿下、私は貴方を真面目で誠実なお方であると思っておりましたが、どうやらそれは勘違いだったようですね」
「お義父さん? 何を怒っていらっしゃるのですか?」
「貴方にお義父さんなどと呼ばれる筋合いはございません!」
そこからは阿鼻叫喚。クドクドネチネチ説教を食らい、その最中、眠り込んでしまうという醜態を晒してしまった。
翌朝、ルドルフォに叩き起こされ、昨夜の出来事をまざまざと思い出して青褪めた。記憶がなかったならまだ救われたのだが。
やってしまった……と頭を抱えた。浮かれていたとはいえ、かなりのぶっちゃけトークをかましてしまった。パステルダール侯爵に嫌われたらどうしよう。これで婚約を白紙撤回されでもしたら首を括るしかない。
嗚呼、酒の力って恐ろしい。
親子なんだから何か適切なアドバイスがもらえないだろうかと、ルドルフォに昨夜の痴態をかいつまんで説明し恥を偲んで相談を持ちかけたが、ルドルフォは腹を抱えて爆笑するばかりでちっとも役に立たない。こいつは俺のことを親友だと言っていたのではなかったか!?
ひとしきり笑った後、ルドルフォが言った。
「お前はもう王太子様なんだからさ、そんなこと気にしないで堂々としてればいいんじゃない」
アルベルトはハッと顔を上げた。そうだ、自分は王太子ではないか。天下無敵の王太子であった。何を恐るることがあろうか。
たとえ未来の舅が、眠りこけた自分を床に放置し毛布の一枚も掛けてくれるでもなく目覚めた時にはキシキシと痛んだ身体を摩る羽目になり何とも惨めな気分に陥れる、そんな冷酷無残な男であろうとも、自分は王太子である。
たとえ未来の小舅が、眠りこけた自分を足蹴にして揺り起こしそれでも目覚めない自分に「起きないなら髪の毛、引っこ抜くぞ〜」とまさか本当に髪を一本一本引き抜き始める、そんな極悪非道な男であろうとも、自分は王太子である。と言うか、頭皮を攻撃するのは止めろ。毛根が死んだらどうしてくれる。「ハゲは嫌い」とヴィアンカに振られでもしたら、生涯に渡ってお前に呪詛の言葉を吐き続けてやるからな。
パステルダールの一族はどうも自分にとっては鬼門なのかもしれない。
ヴィアンカは幼い頃から自分を惑わせ魅了し狂わせ翻弄してくる小悪魔であるし、パステルのおじさんには全くもって頭が上がらない、王太子である自分が唯一逆らうことの出来ない人物である。例えば国王陛下が自分の意にそぐわないことを申してきたとしたら、自分はそれを頑として受け付けず、更には反旗を翻し応戦するであろうことも、それがパステルダール侯爵であるならば自分は「はいはいはい」と揉み手をしながら尻尾を振ってついて行く、そんな自分がありありと想像できる。あな恐ろしや。ルドルフォに至っては、なんだアイツ、俺を子分か何かと勘違いしている節があるぞ。
なんと弱き立場の王太子であろう。
ガックリと肩を落とし、溜息を吐いた。
「………………帰るか」
もう酒はほどほどにしようと、アルベルトはこの日、心に誓った。
ここでアルの過去の話は終了です。
最後の話はなんだろねコレ。笑
次回からヴィアンカ視点に戻ります。
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