第37話 アルの過去②(アル視点)
※誤字報告ありがとうございました。
守るべき者が出来ると時に人は強くなると、アルベルトは実感していた。
あの日からジークフリートを恐れることはなくなった。力が欲しいと思った。彼女を守れるだけの力が。
知識を身につける為、多くの書物を読み漁った。学術に励んだ。剣術の稽古にのめり込んだ。そしてなにより積極的に人と関わるようになった。そうして自分が変わることで、周囲の目も変わった。
次第に周りが自分に期待をし始めたのを感じていた。アルベルトは権力に全く興味がなかったが、彼女を守るの為なら必要なものなのかもしれないと考え始めていた。
陛下が、王太子の婚約者にパステルダール侯爵の娘を打診しているようだと聞いた時は、大いに焦った。冷や汗が背中を伝って頭が真っ白になった。
しかし、いつまで経ってもジークフリートが婚約したという報告が上がってこない為、彼女の『計画』が功を奏しているようだと、ひとりほくそ笑んだ。
周囲の期待と比例するように、ジークフリートとの仲は悪化していった。
自分の預かり知らぬところで、ジークフリートの派閥とアルベルトの派閥が出来上がっているようであった。
ジークフリートは自身の地位が脅かされるのをなによりも恐れており、何かにつけてアルベルトを目の敵にし始めた。子供じみた嫌がらせが続き、アルベルトはウンザリしていた。一度、「死ね」と首を締め付けられた時は、心底殺意が湧いた。
ドロドロとした負の感情に支配されていく。
次第に、自分の瞳が暗く澱んでいくのを感じていた。
父上も母上も、直接口にこそださなかったが、そんなアルベルトのことを心配していてくれたらしい。ふたりを一度引き離す必要があると考え、思案していたようだ。
そこで名乗りを上げたのがパステルダール侯爵だった。
「殿下、一度私の領地に遊びに来ませんか」
だが、王子のアルベルトが領主の屋敷に大々的に滞在するのは憚られた。体のいい厄介払いだと思われてしまうのは困る。アルベルトの派閥はそれほどまでに勢いを増していた。ここで勢いを止めるわけにはいかない。
もっと目立たず、お忍びに適した住処を探していた時、当時護衛として常に側についていてくれた騎士が、パステルダール領にある自分の実家でしばらく過ごしてみないかと言ってきた。小さい家だが、自然に囲まれたとても美しいところだと教えてくれた。自然の中で思う存分遊ぶのも楽しいですよ、と。彼は庶民の出ではあるが、近衛騎士として非常に優秀な男で信頼も置ける。
しかしアルベルトは心中複雑だった。今、パステルダールの地に訪れるのは時期尚早だと頭を抱えていた。自分はまだ何も成し遂げていない。彼女をジークから守れるだけの力を得ていない。彼女に会いたい。でも、会えない。
しかし、両親やパステルダール侯爵の厚意を無下にもしたくない。
悶々とした気持ちを抱えたまま、アルベルトはパステルダール領で過ごすことになった。
その時、アルベルトは10歳になったばかりだった。
◇
男の家はパステルの中心街からはやや離れた場所にあった。聞かされていた通り、こじんまりしていて、最初はとても驚いた。出迎えてくれた男の祖父はとても穏やかそうな老人だった。
「はじめまして、殿下」
と、優しく微笑んでくれた。
男が王都に戻っていき、残されたのはアルベルトと老人のふたりきり。男の両親は早くに亡くしているらしい。
庶民の暮らしを目の当たりにしたのは初めてで何もかも新鮮だった。王宮に比べ、不便なことだらけだったが、アルベルトは何も文句はなかった。
老人をおじいさんと呼び、ふたりだけの生活が始まった。おじいさんは薬師をしており、家の中は常に薬草の匂いが充満していた。
おじいさんはいつも必要以上に構うことなく、好きにさせてくれていた。自由というものがよくわからず、監視されることのない生活に、最初は戸惑ったが、次第に慣れていった。
◇
その日は激しく吹雪いた夜だった。窓がガタガタと大きく揺れ、割れないか心配になった。隙間風が家の中に入ってきて、凄く寒い。アルベルトは暖炉の前で布団にくるまって耐えた。
雪は朝には止み、太陽が一面を照らしていた。
こんな大雪を見るのは初めてで、思わず目を見張った。
「遊んでおいで」
おじいさんが優しく促してくれたので、アルベルトは頷いて雪の上に足を踏み出した。
サクサクサク。雪を踏み締める初めての感覚に夢中になっていた。
だから最初は彼女の存在に気がつかなかった。着膨れして子熊みたいな少女が、唯一あらわになっている大きな瞳でこちらを凝視していた。
見覚えのあるアメジストの瞳。
アルベルトは「あっ!」と思った。あの時の女の子だ。
何となくバツが悪くなり、気がついたら口から言葉が出ていた。
「なに見てんだよブス」
言ってから「しまった」と思ったが後の祭りだった。それがヴィアンカとの再会だった。
ヴィアンカとは毎日のように遊んだ。
初めて声に出して笑い合った時、楽しいというものがどういうものかわかった気がした。
自分に感情を教えてくれたのは彼女だった。
楽しいも、嬉しいも、悲しいも、寂しいも。みんな彼女が教えてくれた。一緒にいると楽しくて、そばで何かをすると嬉しくて、喧嘩をすると悲しくて、会えないと寂しい。そんな当たり前のことを、自分は今まで知らずにいた。
ヴィアンカとずっとずっと一緒にいたいと思った。屈託なく笑う彼女に、気がつけばどんどん惹かれていく自分がいた。
彼女は光だ。暗く沈んだ自分を明るい場所へと導く希望の光。
彼女はアルベルトのことを何も聞いてこなかった。王宮での出逢いのことはすっかり忘れているようだったが、それでもいいと思った。少し残念だったが、今、彼女はここにいる。ただ彼女がそばにいてくれるだけで幸せだったから。
「好きだよ」と告げると、顔を真っ赤にしながら「私も好き」と答えてくれた。天にも昇る気持ちだった。彼女の前では身分を忘れられた。王子としての自分ではなく、アルベルト自身を必要としてくれている。その事実に、歓喜で胸が高鳴る。
口づけを交わすとその甘く柔らかな唇にアルベルトは夢中になった。
このまま、ずっとパステルダール領で暮らすのも悪くないなと思う。王宮のような伏魔殿よりも、ヴィアンカには自由がよく似合う。
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